「CASE」で車載半導体はどう変わるのか:大山聡の業界スコープ(45)(2/2 ページ)
ASEの普及で車載半導体が今後どのように変わっていくのか、どのようなプレイヤーが注目されるのか、目を離せない。ここでは直近のCASE関連の動きをまとめながら、今後の動向について考察してみる。
AIプロセッサからのアプローチ
自動車メーカーが独自に開発する場合は、ドライバーのノウハウをAIプロセッサで実現させるアプローチをとるケースが多い。しかしこれまで経験したことのないAIプロセッサやソフトウェア開発を単独で行うことは困難であり、外部からのサポートが欠かせないのが現状である。
NVIDIAは自動運転用AIプロセッサを提供しながら、自動車メーカー自身による自動運転の実現をサポートする戦略を取っている。かつてはテスラもNVIDIAのAIプロセッサを採用していたが、途中から自社内の開発に切り替えた。自動車メーカーではないが、Appleも自社製EVによる自動運転の実現を目指しており、AIプロセッサは自力で開発中である。
自動運転レベル1、レベル2の段階においては、クルマの開発は自動車メーカーが主体で行われるのは当然だが、レベル3以降の自動運転技術の開発は「自動車メーカーが主体」とは言い切れない。特にWaymo、Mobileye、ソニーなどから提供されるプラットフォームが普及し始めると、量産に伴うコストダウンが進むことで、普及に拍車がかかることも考えられる。
ただし、これらのプラットフォームだけで自動運転レベル4の実現は困難であり、ドライバーに代わって全体を制御するAIプロセッサの存在は欠かせない。このプロセッサの開発をNVIDIAのような半導体メーカーに任せるのか、自社開発するのか、自動車メーカーにとっては重要な判断が迫られよう。いずれにしても、上述の2つのアプローチは「二者択一」ではなく、両者を組み合わせることが重要だと思われる。
垂直統合か、水平分業か
Appleが自社製EVによる自動運転の実現を目指していることは上述した通りで、2024年には生産を開始する計画を持っている。Appleが自動車業界に入ってくれば、スマホと同様の水平分業でクルマを量産するだろう。ちなみに同社のiPhoneを受託生産している鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)は、EV事業を始めるための準備を周到に行っており、すでに1200社以上のサプライヤーから自動車部品の供給を受けることで合意を取り付けている。この中には日本電産や村田製作所などの名前もある。鴻海は北米と中国に工場を置く方針で、2023年に量産を始め、2025〜2027年にEV市場で世界シェア10%を獲得するのが当面の目標だという。
こうした動きに対して、「クルマの生産をスマホやPCと同レベルに考えるべきではない」という意見も当然出てくるだろう。かつて自動車メーカーは、ファウンドリー(半導体受託製造企業)に生産委託するのではなく、半導体はすべてIDM(垂直統合型半導体メーカー)の自社工場で生産したものを供給してもらいたい、と主張するケースが多かった。「ファウンドリーで作った半導体など信用できるか」という意図が含まれていた、といってよいだろう。それが今では、世界最大のファウンドリーであるTSMCに協力してもらわないと車載マイコンは供給が滞ってしまうのが現実である。自動車業界の考え方も、時代とともに変化していることは間違いない。さらに、クルマの動力がエンジンから電動モーターへと切り替われば、自動車メーカー自身によるエンジンの差別化はできなくなり、第三者から提供される電動モーターで性能を競い合うことになるのだ。これに自動運転のプラットフォームがセンサーメーカー各社から供給されるようになれば、自動車業界に水平分業の波が押し寄せることは十分に考えられる。
ただしTeslaはEV業界における新たな垂直統合を目指している、と言えそうである。特にEVのキーデバイスであるリチウムイオン電池は、巨大工場を自社専用に抱え込み、コストダウンの目的でその正極材の開発にまで着手する、という念の入れようである。この戦略が電池のコストダウンを推進している、といっても過言ではないだろう。四半期決算ごとに自社の生産台数と納車台数を開示する同社のスタンスは、自社工場を持たないAppleとは対照的な面があることを付け加えておきたい。
先日、Tesla CEOのElon Musk氏は、自動車部品の提供が不足していることを理由にルネサスやBoschなどを批判したが、Teslaはエンジン制御マイコンを全く必要にしていないし、Boschの大手ユーザーと言えるほどの立場でもない。Musk氏は今後の自動車産業の主導権を握る上で、現在の自動車産業の中心企業を批判することから始めたようにもみえる。足元の半導体不足問題が解消するころには、新たなサプライチェーンを巡る主導権争いが過熱していることだろう。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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