「企業文化」になじめるか、TSMCアリゾナ工場の課題:全く違う、ワークライフバランス(2/2 ページ)
TSMCのアリゾナ新工場が、従業員管理をめぐる問題に直面している。同社は台湾において、長時間労働やその経営文化のおかげで世界最大の半導体専業ファウンドリーへと成長したが、アリゾナ工場の従業員たちにとってはそれが不慣れなものであるためだ。
立場の逆転
米国政府は、自国の半導体製造の復活に向けて、大手ファウンドリーであるTSMCやSamsung Electronicsと密接に連携している。現在生じている文化的衝突は、米国が開拓した半導体製造分野の位置付けが劇的に変化していることを反映している。今や役割が逆転したのだ。
米国は、国内の半導体生産に向けた支援策として、520億米ドルを投じる法案が提案された。これは、自動車業界をはじめ、半導体に依存するデジタル製品メーカーを1年以上にわたり苦しめているチップ不足に対応するための法案でもある。こうした市場環境は、グローバルなサプライチェーンの脆弱性をも露呈した。
そのため、政策担当者はTSMCのような大手半導体ファウンドリーを誘致している。これまでに、TSMCの米国人エンジニアのうち400人以上がトレーニングのために台湾に渡ったと、同社は米国EE Timesにコメントを寄せている。アリゾナ工場は2024年の生産開始を目指していて、米国で最も先進的な半導体工場となる。
台湾の米国人研修生は、5nmプロセス技術をアリゾナに“持ち帰る”ことになる。研修生にとっては、工場が稼働する今が最も忙しい時期であると、TSMCのGao氏は述べる。
米国人社員に対する研修では、OJT(On the Job Training)の他、TSMCの文化やコアバリュー、企業ポリシーを学ぶ機会もあるという。
Gao氏は、従業員は残業代を受け取る資格があり、補償休暇を取得することも可能だと説明する。
「われわれは、従業員から搾取しているわけではない。必要以上に長くオフィスにいる従業員を見かけたら、マネジャーが確認する。当社は、エンジニアがシフト時間内に勤務を終えることを望んでいる」(Gao氏)
匿名の主席エンジニアによると、職種によって必要な条件が異なるため、勤務時間はさまざまだという。「装置エンジニアは、朝8時に仕事を始め、夜9時ごろに帰るかもしれないが、これは普通だろうか。こうした日が週に2〜3日ある。生産ラインでは、装置のメンテナンスが不可欠だからだ」(同エンジニア)
「プロセスエンジニアであれば、勤務時間はもう少し安定しているはずだ。朝8時半に出社して、夜7時半前には退社できるかもしれない。急ぎの対応があれば、もっと夜遅くまで残業することもある」(同氏)
地震や停電がない限り、従業員が通常勤務を終えた後に工場に戻る必要はないという。小さな問題であれば、電話で解決できることが多い。深夜になると、電話がかかってくることは非常にまれだという。
なお、台湾の労働基準法の規定では、1週間の総労働時間は48時間を超えてはならない。
工場の“歩兵”
TSMCは、よく統制のとれた軍隊に例えられる。同社は、生産ライン上の装置1台を監視するために博士号を取得した人物を使っているともされる。
台湾政府が運営するシンクタンク「The Prospect Foundation」のプレジデントを務めるLai I-Chung氏は、「1台の装置を担当するために博士号を取得する必要は、基本的にはない」と語る。「ただ、そうした高い専門教育を受けたエンジニアがプロセスを管理しているが故に、現場で発生した問題にも速やかに対応できるのは確かだ」(同氏)。TSMCの競争力は、こうした背景があって生み出されているのである。
「博士号を持つ従業員を“歩兵”として使っているが、(他の企業であれば)実は“大佐”になれる人物も多い。ただし、そういう文化は、米国では通用しないだろう」(同氏)
TSMCが従業員の管理能力を向上させ、エンジニアが最終的に8時間シフトで働けるようになることが期待されている。2020年のインタビューでI-Chung氏は、「TSMCはその準備ができていない」と語っている。
TSMCは、装置の管理に博士号を要求しているわけではないが、Gao氏は「半導体製造装置は非常に精密で高価で、複雑だ」と指摘する。「フェラーリよりも高価で複雑な装置が多いかもしれない。装置を管理するのは簡単な仕事ではない」(Gao氏)
TSMCは、台湾から米国に従業員を転勤させることはしないし、アリゾナ工場を運営するために米国の大学から台湾人の卒業生を採用する予定もないと述べている。
アリゾナ工場のCEOは、1997年からTSMCに勤務しているRick Cassidy氏が務める。Gao氏によれば、TSMCは最近、アリゾナ工場の運営を統括するシニアバイスプレジデントとして、もう1人米国人を採用したという。
「台湾からアリゾナへ1000人の従業員を移動させてもうまくいかない」とGao氏は述べる。「工場の従業員は、現地の文化に溶け込まなければならない」(Gao氏)
だがこの戦略にはいくつかの欠点もある。
アリゾナで働く社員は新卒が中心で、「社会人経験がほぼゼロ」だとGao氏は話す。「アジアに行ったこともない人たちがほとんどだ。そのため、異文化コミュニケーションと協力体制が非常に重要になるのだ」
アリゾナ工場の新設で、TSMCはさらなる難題に直面する。
主席エンジニアによれば、最大の課題は、テスト&アセンブリ企業や材料サプライヤーなどのサプライチェーン全体を米国に移転することだという。「台湾には、既に多くのサプライヤーが存在する。これらを全て米国に移転するのか、それとも現地で新たに探せばいいのか、それが大きな課題だ」(同エンジニア)
もう一つはコストだ。米国では、コストが台湾の2倍になる可能性があるという。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- TSMCがHPC向け「N4X」プロセスを発表
TSMCが発表した新しいプロセス技術は、HPC(高性能コンピューティング)のワークロードおよびデバイスに向けたものだ。新しい「N4X」プロセスノードは5nmプロセス(「N5」)の拡張版で、2023年前半にリスク生産が開始される予定となっている。 - 「CHIPS for America Act」、無用の長物を生み出す恐れ
今後10年間で米国半導体業界を再生すべく、520億米ドルを投入する法案「CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors)for America Act」が、米国上院で可決された。現在はまだ、下院による承認を待っているところだが、ここで一度、この法案が、米国の国内製造への投資を奨励していく上で最も効果的な方法なのかどうか、じっくり検討すべきではないだろうか。 - シリコンダイを積層する3次元集積化技術「SoIC」
今回から、シリコンダイを3次元積層する技術「SoIC(System on Integrated Chips)」を解説する。 - 「供給網を分断せず、フェアな開発競争を」、SEMIジャパン代表
マイクロエレクトロニクス製造サプライチェーンの国際展示会である「SEMICON JAPAN」(2021年12月15〜17日)が、2年ぶりに東京ビッグサイトで開催される。半導体業界では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックや半導体不足といった困難が続く一方で、それらが市場成長を後押しし、2021年の世界半導体市場規模は過去最高となる見通しだ。SEMIジャパンの代表取締役を務める浜島雅彦氏に、今回のSEMICON JAPANの狙いの他、昨今の半導体業界の動向や課題に対する見解を聞いた。 - 2021年に最も売上高成長を果たす半導体メーカーはAMDか
IC Insightsは2021年11月、半導体メーカー売上高上位25社の2021年売上高成長率予測を発表した。それによると、2021年に最も2020年比で売上高を伸ばす半導体メーカーは、AMDだという。