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シリコンバレーの“光と影”イノベーションは日本を救うのか(39)番外編(2/2 ページ)

巨大テック企業や、有望なスタートアップがひしめくシリコンバレー。米国の富の源として強烈な“光”を放ってきたシリコンバレーだが、近年はそれらが生み出す深刻な”影”の部分も明らかになってきた。

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増加するホームレス、拡大する格差

 一つは、物価の高騰によるホームレスの増加だ。住宅を含め、あらゆる物価が上昇する中で、ホームレスは増え続けている。サンフランシスコのホームレス増加も深刻で、筆者はめっきり行かなくなってしまった。きれいなオペラハウスの周辺も、すっかり“テント村”のようになっている。しかも、ホームレスとなった人の中には、ほんの半年〜1年前までは、ごく普通のアパートに暮らしていた、というケースも多いのだ。


出所:画像はいずれもUnsplashより

 レストランで高級ワインを開け、パーティに明け暮れる超富裕層がいる一方で、そのレストランの外では、家も仕事も失った人々が文字通り路頭に迷っている――。そんな光景が、シリコンバレーやサンフランシスコでは、いつしか当たり前になってしまった。

詐欺罪に問われた女性ビリオネア

 もう一つは、富や名声を熱望するあまり、道を踏み外す起業家も出ていることだ。ここ最近で最も有名なのは、Elizbeth Holmes(エリザベス・ホームズ)の事件だろう。Holmesは、医療ベンチャー企業のTheranos(セラノス)を設立したものの、投資家に対する詐欺罪で告発され、2022年1月に裁判所の陪審から有罪評決を受けた。2022年9月に判決が予定されているが、有罪が確定すると最長で禁固20年の刑を受ける可能性がある。


Photo by Max Morse for TechCrunch TechCrunch - TechCrunch Disrupt San Francisco 2014, CC 表示 2.0, 参照

 2003年、19歳でスタンフォード大学化学工学科を中退したHolmesは、「被験者の指先から採取した1滴の血液で30種類の検査項目を実施できる」として、Theranosを立ち上げた。2014年には約3億5000万米ドルの資金を調達し、Theranosの時価総額は80億米ドルになったとされる。「自力でビリオネアとなった最年少の女性」として話題になり、「次のスティーブ・ジョブズ」と呼ばれてもてはやされた。

 だが翌2015年には、Theranosの血液検査機器が機能しないことが発覚し、Holmesの評価は地に落ちる。2016年夏には臨床検査の免許を取り消され、2018年6月、Theranos COO(最高執行責任者)のSunny Balwani(サニー・バルワニ)とともに、投資家に対する詐欺罪で起訴された。Theranosは2018年9月に解散している。



 起業家に「あなたはなぜ起業したのか」と尋ねると、大抵の場合、「自分のアイデアを社会に実装することで、世の中に貢献したいという思いがあったから」という答えが返ってくる。

 仮に富や名声を得ることが本当の目的であったとしても、実際に役立つ技術やサービスでなければ社会が受け入れることはないだろうから、「社会貢献をしたい」というのは、程度の差はあれ、本心であり真実であると筆者は思う。

 Holmesも、当初はそういった純粋なモチベーションを持っていたのかもしれない。だが、シリコンバレーのあまりに巨大な富や名声を前にすると、道を踏み外しそうになる自分を押しとどめ、正しい方向へと軌道修正することができなかったのではないか。

 シリコンバレーでは多数の人々が奮闘し、成功を築いてきたわけだが、それが“オーバーシュート”し、技術や中身で勝負するよりも、富や名声を得たいという思いが勝ってしまい、犯罪にまで発展してしまった。Holmesの事件は、そうしたシリコンバレーの影の部分を露呈しただけでなく、「VCがベンチャーに投資し、ベンチャーが成功して巨万の富を得る」という“伝統的”なシナリオ自体にも疑問を投げかけたのだ。

 これら2つの現象や事件の他にも、2021年12月にはMeta(旧Facebook)の元従業員が、「Facebookは、Instagramが若者に与える悪影響を把握していたにもかかわらず、自社にとって不都合な調査結果を隠していた」として、内部告発を行った。

 こうした動きから見えるのは、「自社の利益のために、消費者を犠牲にしている」ということだ。これは、株主資本主義や金融資本主義、スーパーキャピタリズムなどを象徴するものであり、米国以外の国も抱えている格差問題につながるものでもある。

 冒頭で述べた通り、筆者は、こうした現状に対して大きな危機感を覚えているのだ。光が強烈だと、それだけ影も色濃くなる。この“影”の部分にどう対処していくのかは、シリコンバレー(シリコンバレーに限ったことではないが)の大きな課題であり、乗り越えなくてはならない問題だろう。

 ただ、それでもシリコンバレーが、イノベーションの強力な発信地であり続けることは間違いない。筆者としては、影の部分が薄れ、正しい形でイノベーションが続くことが、持続する幸福につながると信じている。そしてそれが、シリコンバレーでも実現されることを願ってやまないのだ。


「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー


Profile

石井正純(いしい まさずみ)

日本IBM、McKinsey & Companyを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーに経営コンサルティング会AZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。ハイテク分野での日米企業の新規事業開拓支援やグローバル人材の育成を行っている。

AZCA, Inc.を主宰する一方、1987年よりベンチャーキャピタリストとしても活動。現在は特に日本企業の新事業創出のためのコーポレート・ベンチャーキャピタル設立と運営の支援に力を入れている。

2019年3月まで、静岡大学工学部大学院および早稲田大学大学院ビジネススクールの客員教授を務め、現在は、中部大学客員教授および東洋大学アカデミックアドバイザーに就任している。

2006年より2012年までXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所(2007年会頭)、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。

2016年まで米国 ホワイトハウスでの有識者会議に数度にわたり招聘され、貿易協定・振興から気候変動などのさまざまな分野で、米国政策立案に向けた、民間からの意見および提言を積極的に行う。新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。


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