老後を生き残る「戦略としての信仰」は存在するのか:「お金に愛されないエンジニア」のための新行動論(6)(9/12 ページ)
今回は、「老後を生き残る「戦略としての信仰」」をテーゼに掲げて検討していきます。宗教は果たして私を幸せにしてくれるのか――。それを考えるべく、「江端教」なる架空の宗教団体をベースに話を進めます。
「パスカルの賭け」
「そもそも、宗教(団体)の目的って何?」という質問に、すぐに答えられる人は、少ないと思います。
しかし、宗教(団体)の目的は、非常に単純で明快です。「増えること」「大きくなること」、これに尽きます。生物の生存競争のルールと同じです。
宗教は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大や、実家の庭の雑草たちの領域拡大の闘い、あるいは、会社の派閥争いから、町内会や子ども会の内部対立などと、まったく同じロジックで機能しています。
なぜ、そのルールが発動するか、というと、自分がラクできるからです。自分と異なる存在と共存するのは、結構な努力や忍耐のエネルギーが必要ですが、同じような存在に取り囲まれていれば、ラクチンな世界ができるわけで、その世界は広ければ広いほど、ラクチンできる範囲も広がる、というわけです。
総じて、相互理解というのは疲れるものです。『気心の知れた仲間』とは、相互理解の面倒くさいプロセスで、『手を抜きたい怠けものの集団』と定義しても、全く問題ありません。
それはさておき。
もっとも、宗教は、現世で奇跡を起こし(科学的に耐えうる証拠はないようですが)、世界に秩序を与え、その秩序を実現する実施例をロジカルに説明する、という役割を担っているのは事実です。
その一方で、全ての宗教(団体)は、死後の世界のイメージ作りに余念がありません。膨大な時間とコストを注いでいます。信者の天国と、異教徒の地獄の描写は、相当具体的に描かれています ―― 誰一人として、天国も地獄も見たことがないのに、です。
特に地獄の方は、それはもう、生生しく、おどおどしく、具体的に描かれています ―― 『そのエネルギーを、現世の信者や、世界平和のために使えよ』とツッコミたくなるくらいです。
この「天国」と「地獄」のビジョンは、信者獲得のための布教活動にとって、欠くことのできない非常に大切なプレゼンテーションであるからです。
なぜ宗教団体が、こんな、検証不能な死後の世界のイメージ作りに、膨大なエネルギーを注ぐかというと、「リターンが大きいから」です。つまり信者獲得率が高いのです。
これを、ゲーム理論を使って見事に説明するロジックがあります。「パスカルの賭け」です。
「神の存在が分からない現世にあっては、取りあえず神の存在を肯定しておくことが、死後における最適戦略である」ということになります。なんともエゲつないロジックですが、これが宗教を支えている根幹です。
全ての宗教は、自分の宗教以外の信者を、全て異教徒としています。もし、「正解の宗教」があったとすれば、それ以外の宗教の信者は、全員纏めて地獄行きです ―― つまり、あるカルト宗教団体が、正解の宗教であり、唯一の天国へのゲートウェイであった、という可能性も、ゼロではないのです ―― でも、死んだ後でないと、分かりません。
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