カフェ酸の薄膜層を形成、有機半導体の性能を向上:環境負荷の軽減にも貢献
産業技術総合研究所(産総研)と筑波大学は、有機半導体デバイスの電極表面にカフェ酸の薄膜層を形成すれば、デバイスに流れる電流が最大で100倍も増加することを発見した。バイオマス由来の材料を用いることで、デバイス廃棄時の環境負荷を極めて小さくすることもできるという。
有機半導体デバイスに流れる電流が最大で100倍も増加
産業技術総合研究所(産総研)ナノ材料研究部門接着界面グループの赤池幸紀主任研究員、物質計測標準研究部門ナノ材料構造分析研究グループの細貝拓也研究グループ付と、筑波大学数理物質系の山田洋一准教授は2022年12月、有機半導体デバイスの電極表面にカフェ酸の薄膜層を形成すれば、デバイスに流れる電流が最大で100倍も増加することを発見したと発表した。バイオマス由来の材料を用いることで、デバイス廃棄時の環境負荷を極めて小さくすることもできるという。
有機半導体デバイスは、柔軟かつ軽量で、製造コストも比較的安価なため、ディスプレイや各種センサー、ICタグなどに用いられ、今後も需要拡大が続く見通しだ。このため、性能のさらなる向上と同時に、使用済みデバイスを廃棄する時の環境負荷を軽減するための材料や製造プロセスの研究が進んでいるという。
有機半導体デバイスの性能を向上させるには、有機半導体と電極の接合界面における電荷の出入りを効率化することだという。このため、接合界面に電極修飾層を設けて、電流を流しやすくしている。仕事関数と呼ばれるこの数値を大きくすれば、電極から有機半導体への電荷注入が促進されるという。ただ、従来は電極修飾層に導電性ポリマーや遷移金属酸化物の薄膜層を用いており、デバイス廃棄時の環境負荷が課題となっていた。
研究グループは今回、植物が作り出す「フェニルプロパノイド」と呼ばれる物質群に注目した。フェニルプロパノイドは、活性酸素を除去する機能(抗酸化作用)を備えた物質である。この中には、永久双極子モーメントが4デバイを超える分子があるという。その1つがコーヒーに含まれる成分の「カフェ酸」で、ビニレン基(-CH=CH-)にカルボキシ基(-COOH)とカテコール基が結合した構造となっている。
研究グループはカフェ酸に着目し、真空蒸着法を用いて金の電極にカフェ酸の薄膜層を形成した。ケルビンプローブ法で電極の仕事関数を計測した結果、カフェ酸の効果で0.5eV程度増加することを確認した。電極が銀や銅、鉄、ITO(インジウムスズ酸化物)であっても、仕事関数は増加することが分かった。スピンコートで薄膜層を形成した場合も同様の効果が得られたという。
研究グループは、赤外反射吸収分光を用いて、分子の配向を調べた。この結果から、カフェ酸分子が自発的に向きをそろえて並んだことで電極表面の電位が変化し、仕事関数が大きくなったとみている。これは、「カテコール基が電極表面へ優先的に吸着したため」と分析している。
さらに実験結果から、カフェ酸の薄膜層はクロロホルムやクロロベンゼンなどの有機溶媒には溶けないことが分かった。その上で、クロロベンゼンに溶かしたポリ(3−ヘキシルチオフェン)(P3HT)を、カフェ酸で被覆されたITO基板にスピンコートをし、上部電極にアルミニウムを用いた有機半導体デバイスを作製した。カフェ酸層を挿入したことで、有機半導体デバイスに流れる電流は、カフェ酸層を挟まない場合に比べて、最大100倍に増えたという。
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