産総研ら、表面弾性波で単一電子を高い効率で移送:量子コンピュータへの活用に期待
産業技術総合研究所(産総研)や東京工業大学らによる研究グループは、表面弾性波の孤立パルスを発生させる技術を開発するとともに、この技術を用い単一電子を高い効率で移送することに成功した。量子コンピュータにおける量子情報の移送手段として、その応用が期待される。
独自のくし形電極で、表面弾性波の孤立パルスを十分な強度で発生
産業技術総合研究所(産総研)や東京工業大学らによる研究グループは2022年9月、表面弾性波の孤立パルスを発生させる技術を開発するとともに、この技術を用い単一電子を高い効率で移送することに成功したと発表した。量子コンピュータにおける量子情報の移送手段として、その応用が期待される。
実用的な量子コンピュータを実現するには、量子ビットの高集積化が必要となる。ところが、複数ある量子ビット集合体の間で、量子情報を確実に移送する方法がこれまで課題となっていた。こうした中で注目されているのが、表面弾性波を用いた単一電子の移送技術である。
これまでの研究では、圧電体であるGaAs系材料の基板上に一定の周期を持つくし形電極(IDT)を作製。これに高周波電圧を印加して、電子の移送に対し十分な強度を持つ表面弾性波を発生させていた。ただ、この表面弾性波はそれぞれのくしで発生した表面弾性波の重ね合わせであり、立ち上がり/立ち下がり時間を含めた表面弾性波バーストの大部分は電子が移送される前後で、電子の状態を乱すことが分かっている。
そこで研究グループは、表面弾性波の孤立パルスを発生させるための新たな技術を開発し、産総研が保有する精密制御技術と組み合わせることで、量子ビットの集積化と親和性が高い、単一電子の移送技術を開発することにした。
具体的には、特定のタイミングで電子を移送するために必要な表面弾性波の孤立パルスを、十分な強度で発生させることができる独自のくし形電極「チャープIDT」を開発した。チャープIDTに対し、時間変化する高周波電圧を印加すると、左の長周期側から右の短周期側に向かって、表面弾性波を順番に励起する。これによって、幅広い帯域の表面弾性波を重ね合わせることができるという。
今回の実験では、0.5G〜3GHz帯域の表面弾性波を発生させることができるチャープIDTを作製した。0.5G〜3GHzの表面弾性波を同位相で重ね合わせることで、不必要な波を打ち消し、強度が大きい表面弾性波の孤立パルスを発生させることに成功した。しかも、99%を超える高い確率で、電子の移送に成功したという。さらに、この孤立パルスを用いると、量子ビットごとの高周波制御を行わずに、電子を移送するタイミングを制御できることも分かった。
今回の研究では、GaAs系材料を用いた。今後はシリコン系材料に対し、開発した単一電子の移送技術を適用していく。また、チャープIDTの周波数帯域を広げることで、制御性をさらに高めた表面弾性波の孤立パルスを発生させる技術の開発に取り組む計画である。
今回の研究成果は、産総研物理計測標準研究部門の高田真太郎研究員や金子晋久首席研究員と東京工業大学工学院電気電子系の小寺哲夫准教授、太田俊輔大学院生(博士後期課程2年)、フランス国立科学研究センター ネール研究所QuantECAチームのクリストファー ボイヤレ教授、ボーフム大学応用固体物理学専攻のアンドレアス ヴィーク教授らによるものである。
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