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3Mが2025年末までにPFAS製造を停止、世界の半導体製造はどうなるのか湯之上隆のナノフォーカス(57)(3/3 ページ)

3M社が2025年末までにPFAS製造から撤退するという。世界の半導体製造は一体どうなってしまうのだろうか。

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3M社がPFAS製造から撤退を決断した経緯

 3M社は、12月20日のニュースリリースで以下のように発表した。

2025年末までにすべてのPFAS製造を終了する:
3Mは、すべてのフッ素ポリマー、フッ素化流体、およびPFASベースの添加剤製品の製造を中止します。お客様の秩序ある移行を促進するお手伝いをいたします。3Mは、移行期間中、現在の契約上の義務を履行する予定です。


 なぜ、3M社は、PFASの製造から撤退する決断をしたのだろうか? 3M社がニュースリリースを出した12月20日に、米誌Bloombergが“3M Will Stop Producing ‘Forever Chemical’ PFAS by End of 2025”を報じている。その中から一部引用する。

 第二次世界大戦中の原爆計画で研究されたPFASは有害性が疑われ、3Mは巨額の損害賠償を求める訴訟に直面してきた。また、規制当局からの圧力も高まっていた。3MはPFASにより、70年余りにわたり「スコッチガード」など極めて多数の製品を開発してきた。しかし、その潜在的な法的負担は300億ドルに達するとも想定されている。
 3MのMike Roman最高経営責任者(CEO)はインタビューで、規制強化の動きと消費者のPFAS使用に対する不安を踏まえた決定だと説明している。


 公害訴訟などの法的負担が300億米ドルであるのに対して、3M社のPFAS事業の売上高は四半期でたかだか10億米ドル程度である。このために、Mike Roman CEOが「将来的に事業が成り立つとは思えない」と判断した。それが今回の撤退につながった。

 しかし、突然PFASの製造を止めた場合、あまりにもインパクトが大きすぎる。そこで、3年間の猶予期間を持たせて、段階的に撤退することにしたのだろう。それでもなお、半導体業界にとっては、深刻な事態である。世界の80%のドライエッチング用冷媒が3年間で消滅するからだ。

ドライエッチング装置用の冷媒事情

 2022年3月8日に、3M社のベルギー工場がフロリナートの生産を停止して以降、明らかになったことを説明しよう。

 まず、もう1社ある冷媒メーカーのソルベイ社には、大きなビジネスチャンスが訪れたと思ったのだが、関係者に話を聞くと、ガルデンを今以上増産する気は全くないという。これにはいくつかの要因があるようだ。

 一つは、3M社と同様に、フッ素系不活性液体のガルデンの製造には、公害問題が付きまとうことが挙げられる。もう一つは、実は8インチの時代までは、ソルベイ社のガルデンがドライエッチング装置用冷媒として大きなシェアを占めていた。しかし、2000年過ぎに、12インチの時代が訪れた際に、3M社がフロリナートとノベック等により、この分野に大挙して参入し、低コストを武器として、12インチ用エッチャーの冷媒のシェアを独占してしまったことにある。

 つまり、ソルベイには、12インチ化とともに、ドライエッチング用冷媒ビジネスで、3M社に惨敗したという苦い思いがあり、いまさら、この分野に増産投資をする気にはなれないようである。

 また、Samsung ElectronicsとSK hynixは、中国メーカーの冷媒の評価を開始したということが聞こえてきた。この評価は今も続いている模様であるが、中国メーカーの言う通りのスペックが得られず、また数カ月循環させていると、ドライエッチング装置の真空チャンバ内でアーキングが多発する等の問題が起きるという。このようなことから、中国メーカーの冷媒を半導体の量産に使うには、まだ年単位の時間がかかりそうである。

3年間で代替冷媒を確保せよ

 3M社は2025年末にPFASの製造から全面撤退する。これは決定事項であり、2022年6月末に、3M社のベルギー工場が製造再開したような僥倖(ぎょうこう)は、もはや期待できない。既に、猶予の3年間のタイマーが作動し始めているのだ。

 ソルベイ社がガルデンを大増産する可能性は低く、中国メーカーの冷媒が使いモノになるには、年単位の時間がかかりそうである。

 それでも、半導体メーカー各社は、死に物狂いで、何としても代替冷媒を準備しなくてはならない。その競争に敗れた半導体メーカーは、工場の稼働が停止することになる。

 2021年に、各種の製造装置の中で、ドライエッチング装置が露光装置を押さえて、最も大きな売上高(189億米ドル)を記録した(図4)。ロジックもメモリも、先端もレガシーも、ドライエッチング装置なしにはチップを生産できない。


図4:各種半導体製造装置の出荷額の推移[クリックで拡大] 出所:野村証券のデータを基に筆者作成

 半導体を生産し、利益を上げ続け、競争に勝ち残るためには、膨大な台数のドライエッチング装置用の代替冷媒を確保する必要がある。クオリテイの高い冷媒を開発し、各方面に許認可を申請し、化学プラントの建設を開発するには、3年間はあまりにも短い。直ちに行動を開始しなければ間に合わない。

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(次回に続く)

⇒連載「湯之上隆のナノフォーカス」記事一覧


筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。


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