なぜTSMCが米日欧に工場を建設するのか 〜米国の半導体政策とその影響:湯之上隆のナノフォーカス(58)(5/5 ページ)
本稿では、米国の半導体政策に焦点を当て、それが世界にどのような影響を及ぼしてきたか、または及ぼすと予測されるかについて論じる。
TSMCの半導体工場を破壊せよ
さらに、2022年6月7日の『The Register』の記事には、以下の驚くべき記載がある(参照)。
《The move follows the suggestion last year out of the US that Taiwan should be prepared to destroy its semiconductor factories if China were to invade.》
(この動きは、中国が侵略した場合、台湾は半導体工場を破壊する準備がなされるべきであるという昨年の米国からの提案に続くものである)
もし、中国が台湾に軍事侵攻し、TSMCを占領してしまったら、どうなるか? 中国はTSMCに米国用の半導体をつくらせないだけでなく、その最先端技術を使って中国の軍事兵器用の半導体を製造するかもしれない。
そうなる前に、「TSMCの半導体工場を破壊するべきである」と米国が提案しているというわけだ。このような事態になって欲しくはないが、あまりにも厳しい米国の「2022・10・7」規制が、中国の軍事侵攻を誘発するということは、起こり得るかもしれない。
なぜTSMCが米日独でファウンドリーを建設するのか
前述した通り、TSMCは、米アリゾナに建設中の工場を5nmの改良版の4nmとし、加えて3nmの第2工場を建設することになった。合計の月産キャパシテイは5.5万枚、総投資額は当初の3.3倍の400億米ドルになる(図7)。
また、TSMCは日本の熊本に28/22〜16/14nmの工場を建設中であり、第2工場を建設するという話が浮上した(日経新聞2023年1月14日、「TSMCの「日本第2工場」計画 熊本県が熱視線」)。その第2工場は7nmの先端半導体になるといううわさがある。さらに、TSMCはドイツに数十億米ドルを投じて、28/22nmの工場を建設することを検討している(日経新聞、2022年12月23日、「台湾TSMC、欧州初の半導体工場 ドイツに建設検討」)。
なぜ、TSMCは米日独にファンドリーを建設するのか? 当初、TSMCは他国・他地域にファウンドリーを建設する気はさらさらなかったはずだ。ところが一転して、米日独の3か国にファンドリーを建設することになった。
この理由はもはや明白であろう。米国が厳しすぎる「2022・10・7」規制を発表したため、それに反発した中国が報復措置として台湾に軍事侵攻するかもしれない。その際は、『The Register』の記事にあるように、最悪のケースではTSMCは自ら半導体工場を破壊することになる可能性がある。
そのようなことが起きる前に、(保険の意味も込めて)TSMCは、半導体の生産拠点を他国・他地域に分散させておくことにしたのではないか。事態は想像以上に深刻であると言わざるを得ない。
半導体無しに人類の文明はあり得ない
現代の人類の文明は半導体によって支えられている。その中でも、7nm以降の最先端半導体の92%を製造しているTSMCの存在は極めて大きい。TSMCの最先端技術無くして、最新のiPhoneも、高性能コンピュータも、AI半導体も、製造することはできない。人類の文明の進歩は、TSMCの微細加工技術に大きく依存しているのである。
筆者としては、「台湾有事」が起こらないことを願わずにおれない。
筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。
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