産総研、金属Na添加でGICを高速かつ簡便に合成:GICの大量生産を可能に
産業技術総合研究所(産総研)は、金属ナトリウム(Na)を添加することで、グラファイト層間化合物(GIC)を高速かつ簡便に合成できる方法を開発した。リチウムイオン電池材料などに用いられるGICの大量生産が可能となる。
250℃の低温で、しかも数時間という速さでAEC6を合成
産業技術総合研究所(産総研)は2023年1月、金属ナトリウム(Na)を添加することで、グラファイト層間化合物(GIC)を高速かつ簡便に合成できる方法を開発したと発表した。リチウムイオン電池材料などに用いられるGICの大量生産が可能となる。
グラファイトは、グラフェンを弱く積層した物質で、GICはこのグラフェン層の間にさまざまな原子や分子を挿入(インターカレート)した物質である。層間に入れる原子の種類によって、導電性やガス吸蔵性、超伝導性などに違いが出るという。このため、GICを原料にしたグラフェン合成技術の開発が進んでいる。
GIC合成手法としては、気相法や溶融塩法などが既に提案されている。しかし、従来の手法は、「合成プロセスが複雑で、合成に数日〜数週間を要し、ステージ構造の制御が容易ではなく、高価な高配向性グラファイト原料が必要」といった課題もあり、高品質の試料を大量合成するには適していないという。
産総研は、次世代超伝導材料の研究を進める中で、GICの一種である「CaC6」について、Naが存在すると容易に生成できることを発見した。そして、Li(リチウム)やK(カリウム)などのアルカリ金属(AM)や、Sr(ストロンチウム)やBa(臭素)といったアルカリ土類金属(AE)のGIC生成にも、Naが有効に作用することを突き止めた。
そして今回、粉末グラファイトとAMあるいはAEに、金属Naを添加すれば、従来に比べ短い混合時間や低い処理温度でも、ステージ構造を制御したGICの合成ができる方法を開発した。
例えば、ステージ1構造のLi-GICであるLiC6の合成過程における外観の変化を見ると、混合初期の試料は、黒色の小片状である。これが数分間の混合で銀色の粘土状に変化した。約15分後には試料が金色に変わった。
混合により試料中に生じる物質とその比率の混合時間に対する変化について、X線回折(XRD)法を用いて調べた。この結果、混合2分後にはステージ1と2構造のLi-GIC(LiC6とLiC12)およびNa-GIC(NaCx)が生じ始めた。約15分間の混合で反応はほぼ完了し、LiC6とNaの混合物になることを確認した。
原料の混合比を変えるだけで、LiC12を合成することができた。同様に、ステージ1〜4構造のK-GIC(KC8、KC24、KC36、KC48)を合成することにも成功した。K-GICは、ステージ構造によってガス吸蔵性などの機能が異なるという。
金属Naを添加する手法は、AE-GIC(AEC6)の合成にも有効であることが分かった。従来法でAEC6を合成するには、350〜450℃という高温で6〜10日もの時間をかける必要があったという。開発した方法を用いると、250℃という低い温度で数時間かければ、AEC6を合成できるという。
GIC合成時に金属Naを添加すると、GIC生成が促進される理由も明らかにした。GICを生成する過程で、金属Naはグラファイトと反応し、NaCxを形成する。これが反応中間体となってインターカレーション反応を加速することが分かった。
Na触媒法で合成した試料には、金属Naが残ってしまうが、これを低減するための手法も開発した。具体的には、試料をペレット成型器に入れて150℃に加熱した。次に押し棒で試料を加圧すると、液体となった金属Naが試料外に押し出され、極めて密度の高いGICパレットを得ることができるという。GICペレットはグラフェン層間に挿入される元素やステージ構造によって、特徴的な色を示すという。
上図はGIC原料(LiとC)とNaを室温で約15分混合する間に生じる試料外観の変化。下左図は混合により試料中に生じる物質とその比率の混合時間変化。下右図はペレット成型器を用いて金属Naを試料外に押し出し、GICのペレットを作製する様子 出所:産総研
左図は上から、Li-GIC(ステージ1、2構造)ペレット、K-GIC(ステージ1−4構造)ペレット、CaC6ペレットの外観。右はGIC(LiC6、LiC12、KC8、KC24、CaC6)ペレットの粉末XRDパターン 出所:産総研
今後は、「GICの大量合成と応用展開の検討」「AEやAM以外の元素や分子のグラファイトへのインターカレーションに対する有効性の検証」「Naの触媒作用によるGIC生成の微視的メカニズムの解明」などに取り組む計画である。また、二次電池の電極などに対するNa触媒法の適用も検討していく。
今回の研究成果は、産総研電子光基礎技術研究部門超伝導エレクトロニクスグループの伊豫彰上級主任研究員や荻野拓主任研究員、石田茂之主任研究員、永崎洋研究グループ長らによるものである。
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