投稿論文が激増した「VLSIシンポジウム2023」、シンガポール国立大が台頭:湯之上隆のナノフォーカス(62)(6/6 ページ)
2023年6月に京都で開催される「VLSIシンポジウム2023」。ようやく、本格的なリアル開催が戻ってくるようだ。本稿では、デバイス分野のTechnologyおよび、回路分野のCircuitsそれぞれについて、投稿/採択論文数の分析を行う。
日本の投稿および採択論文数
最後に、VLSIシンポジウムにおける日本の投稿および採択論文数について言及したい(図16)。日本の投稿論文数も採択論文数も右肩下がりに減少していた。その原因について、次のように分析している。
まず、1996年から15年続いたコンソーシアムの半導体先端テクロノジーズ(セリート)が2010年度に終了となった。セリートで開発した(当時最先端の)65nmのプロセス技術は何の役にも立たなかったが、論文や特許は量産していた。そのセリートが無くなったのは、もしかしたらVLSIシンポジウムの論文数の減少に影響したかもしれない。
また、2010年に、日立製作所と三菱電機の合弁会社のルネサス テクノロジが、NECエレクトロニクスと統合し、ルネサス エレクトロニクスとなった。3社が統合したルネサスは、社員数が4.92万人に膨れ上がり、大赤字を計上し、2012年に倒産寸前となって、産業革新機構等に買収された。その後、オムロンから送り込まれた作田久男会長による激しいリストラなどにより、約3万人の社員が退職し、現在は1.9万人以下になってしまった。
3社の統合による混乱、倒産寸前の事態、厳しいリストラなどにより、ルネサスの技術者たちのアクティビティーは低下しただろう。論文を書いて学会発表するどころではなかったかもしれない。
次に、ルネサスが倒産寸前となった2012年に、DRAMの合弁会社のエルピーダメモリが経営破綻した。そのエルピーダは、2013年に米Micron Technologyに買収された。1999年12月に日立とNECの合弁により設立されたエルピーダは、2社の合弁による混乱、2002年の社長の交代、2012年の倒産と翌2013年のMicronによる買収と、ごたごたが続き、論文を書いて学会発表するどころではなかったかもしれない。そして、2013年以降は、米国籍の半導体メーカーとなったため、論文を書いても、日本にはカウントされない。
さらに、2015年には、東芝の粉飾会計が発覚し、歴代3社長が更迭される事件が起きた。そして、東芝が債務超過に陥り、メモリ事業を売却せざるを得ない事態になった。その結果、東芝のNAND型フラッシュメモリ事業は、ベインキャピタルを筆頭とする日米韓の連合に買収され、東芝メモリを経て、今のキオクシアになった。加えて、その買収が決まるまでは、四日市工場でNANDを共同生産している米Western Digital(WD)と東芝が激しい訴訟合戦を繰り広げることになった。
親会社の東芝の粉飾会計、債務超過の発覚、メモリ事業の売却、東芝とWDの激しい訴訟合戦などにより、キオクシアの技術者も論文を書いて学会発表するどころではなかったのではないか。
こうしてみると、VLSIシンポジウムの投稿論文数と採択論文数が減少したのは、当然の結果のように思えてならない。しかし、原因はこれだけではないと思う。
2005年の東大ショックがもたらしたもの
日本で最も偏差値が高い大学で知られる東京大学で、2005年に、その異変が起きた。東大では、入学時には「理科I類」などのように大枠しか決まっておらず、2年生から3年生になるときに、本人の成績と希望に応じて学科を決める「進学振り分け」が行われる。
かつて1990年代までは、電気・電子関係工学科は、人気が高く狭き門だった。ところが、2005年に、その人気が最低となり、希望すれば誰でも行ける(必然的に成績が悪い者が行く)学科になり下がったのである。この事件を、業界関係者は、「東大ショック」と呼んだ。
「東大ショック」が起きたのには原因がある。2000年頃を境に、日本の電機メーカーは、エルピーダ1社を残してDRAMから撤退した。また、2000年のITバブルがはじけた2001年に、全ての電機メーカーが激しいリストラを行った。当時、日立製作所に所属していた筆者も、そのリストラによって会社を追い出された1人である。
このように、業績不振で大赤字を計上し、大規模なリストラを行うような日本の電機メーカーに、優秀な人材が集まるはずがない。それが、「東大ショック」を引き起こした原因であると思っている。調べたわけではないが、他の大学でも、電気・電子工学関係学科の入試の偏差値は大きく下がったと思われる。
2005年に3年生になった東大生が修士課程を修了して企業などに就職するのが、おおむね2010年頃になる。つまり、2010年以降は、日本の半導体関連企業に、優秀な学生が集まらなくなった可能性が極めて高い。それがVLSIシンポジウムの論文数が減少する最大の要因ではないだろうか。
日本の論文数の低下は底を打ったのか
改めて図16を見ると、VLSIシンポジウムの投稿論文数も採択論文数も、2021年で底を打って、2023年に増大に転じているように見える。これは、なぜだろうか?
まず、次のような解釈ができる。2021年10月に、TSMCが熊本に進出することが決まった。また、2022年11月には半導体の新会社Rapidusが「2027年までに2nmを量産する」と発表して、国内外から注目されることになった。
2005年から2020年まで、半導体業界には悪いニュースばかりが続いていた。要するに、半導体は、日本の斜陽産業の代表格のような存在だった。ところが、2021年に発表したTSMC熊本工場の設立、2022年に設立されたRapidusと、前向きな話題が相次いだ。日本半導体産業には、2021年〜2022年を境に、一気にスポットライトが当たるようになったわけである。そのようなムードが、VLSIシンポジウムの論文数の増大につながったのかもしれない。
一方、意地の悪い解釈もできる。VLSIシンポジウムの論文数が2023年に、異常現象とも思えるほど増大したことを説明した。その理由の一つに、「コロナは終わった、(観光がてら?)京都へ行こうぜ!」という空気が世界に漂ったことを挙げた。つまり、図16で、VLSIシンポジウムにおける日本の論文数が増大しているのは、一時的な現象にすぎないという解釈もできるのである。
果たして、日本半導体産業のアクティビティーが本当に上がったのか? それともコロナ終焉による一過性の出来事なのか? それは、来年2024年以降の論文数の挙動により明らかになるだろう。
お知らせと謝辞
4月20日に文春新書『半導体有事』を出版しました。米国による中国への輸出規制、微細化の最先端を独走するTSMC、クルマ用半導体不足はいつまで続くのか、日本の装置や材料は大丈夫なのか、半導体の新会社Rapidusについてなど、ホットな話題が満載です。ご一読いただければ幸いです。また、拙著について重版が決まりました。読者の皆様が購入して下さったお陰かもしれません。どうもありがとうございました。
筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。
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