低温でも充放電が可能に マグネシウム蓄電池向けの新たな正極材料:東北大学が開発
東北大学は、マグネシウム蓄電池(RMB)に向けて、岩塩型構造の新たな正極材料を開発した。90℃という低温でマグネシウム(Mg)の挿入や脱離ができることを実証した。
7種類の金属元素を含む酸化物組成を設計して合成
東北大学金属材料研究所の河口智也助教と市坪哲教授らは2024年3月、マグネシウム蓄電池(RMB)に向けて、岩塩型構造の新たな正極材料を開発したと発表した。90℃という低温でマグネシウム(Mg)の挿入や脱離ができることを実証した。
RMBは、容易に入手可能なMgを用いる蓄電池である。リチウムイオン電池に比べ安価で安全、高容量を実現できることから、次世代の蓄電池として注目されている。ただ、本格的な実用化に向けては、Mgを円滑に挿入したり脱離したりできる正極材料を開発する必要があった。これまでも、スピネル型構造の正極材料が提案されてきたが、150℃まで加熱する必要があったり、電極が劣化したりしていたという。
研究チームは今回、岩塩型構造中に十分な量のカチオン空孔を導入し、それを保持できればMg拡散を促進できると考えた。そこで、初期組成としてLiを意図的に導入した岩塩型酸化物を合成し、初回充電時に電気化学的な方法でLiを脱離させ空孔を生成した。これにより、充放電時にMgの可逆的な挿入と脱離が可能な「欠陥岩塩型酸化物電極材料」の開発に成功した。
今回は、ハイエントロピー化(多元素化)と呼ばれる材料設計手法を用い、Mg0.35Li0.3Cr0.1Mn0.05Fe0.05Zn0.05Mo0.1O(M7O)という7種類の金属元素を含む酸化物組成を設計し、合成と評価を行った。
合成した材料を用い、定電流充放電試験を行った。この結果、10.4mAg-1の電流密度で約90mAhg-1の可逆容量が20サイクル以上も安定して得られたという。この値は、現行のリチウムイオン電池の一般的な正極材料と比べ、約半分に相当する。しかも、M7O中のLiは初回充電で脱離し、その後の充放電における再挿入は極微量であることを確認した。Mgは充放電に応じた組成変化を示した。これらのことから、初回充電でLiが脱離した原子位置が空孔となり、それ以降の充放電では、空孔を介してMgが可逆的に挿入と脱離を行うとみている。
さらに、Mg拡散の活性化エネルギーについても、第一原理計算を用いて評価した。空孔が存在しない岩塩型構造中では、Mg拡散の活性化エネルギーが2161meVであった。これに対し、2つの空孔(Mgの移動先と移動途中における最近接カチオン位置)があると、活性化エネルギーは半分以下の809meVまで減少することが分かった。
また、パーコレーション理論を基に、Mgが拡散しやすい経路のみを通り、電極粒子全体を移動できるための条件を検討し、適切な組成範囲を定量的に示した。
研究チームは今後、蓄電池組み立て前にLi脱離を行い、Liを回収する化学プロセスの利用や、Liを別の元素に置き換えるような組成設計を検討していく。さらに、電解液や負極などとの相性なども含め、実用化に向けた研究に取り組んでいく考えである。
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