電荷キャリア輸送特性が高いカチオン性分子を開発:電荷種分離型の積層構造を形成
名古屋大学と京都大学の研究グループは、電荷種分離型積層構造を形成し、高い電荷キャリア輸送特性を発現する「カチオン性π共役分子」の開発に成功した。エレクトロニクス材料としてイオン性π共役化合物を応用する上での新たな戦略として提案する。
アズレン環を導入、π共役骨格を湾曲、対アニオンを適切に選択
名古屋大学と京都大学の研究グループは2024年8月、電荷種分離型積層構造を形成し、高い電荷キャリア輸送特性を発現する「カチオン性π共役分子」の開発に成功したと発表した。エレクトロニクス材料としてイオン性π共役化合物を応用する上での新たな戦略として提案する。
π共役化合物は、分子間相互作用を制御すれば、凝集状態で秩序構造を形成し、その構造に基づいて光学特性や電荷輸送特性を発現する。このため、エレクトロニクス分野を中心に広く利用されている。ただ、カチオン種とアニオン種が交互に積層した構造を形成することが多く、電荷移動度が低くなるという課題があった。これを解決するためには、電荷種分離型積層構造のイオン性π共役化合物を作り出すことが必要といわれてきた。
研究グループは今回、炭素カチオンに非ベンゼノイド芳香族の「アズレン」を連結し、硫黄原子でつなぐことにより、平面固定した「カチオン性ジアズレノメテン」を合成した。この分子は、pH10という塩基性条件下でも、高い安定性を示した。この安定性は正電荷が硫黄を含むπ共役骨格全体で、高度に非局在化されることにより発現することが分かった。この結果、カチオン性π電子系を安定化するには、アズレンを組み込むことが有用であると判明した。
また、対アニオンとしてヘキサフルオロアンチモネート(SbF6-)を有する「カチオン性ジアズレノメテン1」は、結晶状態で隣接するカチオン種同士が重なって、積層体を形成することが分かった。これは、SbF6-に含まれるフッ素原子が、2つのアズレン環と中央のメチン部位からなる湾の内側にある水素原子および、隣接するカチオン種に含まれる硫黄原子と静電相互作用し、それぞれの相対配置を固定するためだという。
一方、対アニオンとしてホウ素を含むB[3,5-(CF3)2C6H3]4-を有する「カチオン性ジアズレノメテン2」は、静電相互作用を形成できない。このため、結晶状態でカチオン種とアニオン種が交互に配列する従来の交互積層型構造体となった。
5-(CF3)2C6H3」,左上はカチオン性ジアズレノメテン1/2の構造、右上は隣接する二分子が大きく重なった結晶状態におけるカチオン性ジアズレノメテン1の構造、下はカチオン性ジアズレノメテン1/2の結晶構造と積層モチーフ「ArF=3,5-(CF3)2C6H3」[クリックで拡大] 出所:名古屋大学他
これらの結果から、「アズレン環を導入」し、「π共役骨格を湾曲させる」ことと、「対アニオンを適切に選択する」ことにより、結晶状態で電荷種分離型の積層体を選択的に形成できることが分かった。また、結晶状態のカチオン性ジアズレノメテン1は、移動度が1.7cm2/Vs に達することを確認した。これに対しカチオン性ジアズレノメテン2は、移動度の定量化ができなかった。
今回の研究成果は、名古屋大学大学院理学研究科の村井征史准教授と同トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)学際統合物質科学研究機構(IRCCS)の山口茂弘教授、京都大学大学院工学研究科の関修平教授らによるものである。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- A4サイズのナノシートを1分で成膜 「金魚すくい」にヒント
名古屋大学は、酸化物や酸化グラフェン、窒化ホウ素といった2次元物質(ナノシート)を高速かつ大面積に成膜する方法(自発集積転写法)を開発した。操作は簡便で水面へのインク滴下と基板転写のみで成膜が完了する。専門的な知識や技術は必要なく、わずか1分程度で、ウエハーサイズやA4サイズのナノシート膜が作製できる。 - 京都大ら、三次元物質から二次元強誘電体を作製
京都大学の研究グループは、ファインセラミックスセンター(JFCC)や名古屋大学と共同で、三次元物質の「二酸化ハフニウムジルコニウム(HZO)」から、厚さが1nmの「二次元強誘電体」を作製することに成功した。 - チタン石型酸化物において新しい反強誘電体を発見
名古屋大学の研究グループは、慶應義塾大学や熊本大学、東京工業大学と共同で、チタン石型酸化物における「新しい反強誘電体を発見」するとともに、反強誘電体の誘電率増大が「ドメイン壁近傍に生じる極性領域に起因する」ことを明らかにした。 - 巨大な圧電応答を示す非鉛系圧電体材料を開発
熊本大学と名古屋大学、クイーンズランド大学の研究グループは、ナノサイズの孔(ポーラス)構造を有するナノポーラスBa0.85Ca0.15(Ti0.9Zr0.1)O3(BCZT)薄膜の合成に成功し、巨大な圧電応答の発現を観測した。 - 大阪大ら、反強磁性体のスピン方向を電圧で制御
大阪大学や名古屋大学、三重大学、関西学院大学および、高輝度光科学研究センターの研究グループは、反強磁性体であるクロム酸化物薄膜を用い、スピンの向きを電圧で制御することに成功した。制御効率は従来の強磁性体に比べ50倍以上も高いことを確認した。 - 有機EL材料の発光効率を高める量子機構を発見
名古屋大学と九州大学の研究チームは、有機EL材料の発光効率を高める新たな量子機構を発見した。開発したシミュレーション法を活用すれば、高性能なTADF(熱活性化遅延蛍光)分子を、効率よく開発できるとみられる。