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方便か本気か 分からないTSMCの米国への1000億ドル投資の狙い大山聡の業界スコープ(87)(1/2 ページ)

TSMCが米国に1000億米ドルを投じて最先端プロセスの工場を設立すると発表した。しかし筆者としてはその発表がどうもふに落ちない。TSMCの本音はどこにあるのか――。

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 本連載前回記事で「25%の半導体関税が課されたら…… 米国民の負担が増えるだけ」と書かせてもらったところ、多くの方から反響をいただいた。それだけ本件にはたくさんの人が関心を寄せていることを痛感した次第である。その後トランプ政権は相互関税の税率を国別に発表したが、直後に90日の猶予を発表したり、PCやスマホを相互関税の対象から外したりと、世間だけでなく政権自体も混乱しているように見える。そのような中で、TSMCが米国に1000億米ドルを投じて最先端プロセスの工場を設立すると発表した。しかし筆者としてはその発表がどうもふに落ちない。TSMCの本音はどこにあるのか。今回はその辺の筆者の疑問について述べさせていただく。

もともと否定的だったはずが……

 トランプ大統領が「台湾が米国から半導体産業を奪っている」と主張し、米国に取り戻すと記者団に語っていることは前回に述べた。TSMCにしてみれば「とばっちり」のような主張だが、同大統領がTSMCを目の敵にしていることは確かなようだ。目の敵にされたTSMCは2025年3月4日、米国に1000億米ドルの追加投資を行うと発表した。それもホワイトハウスでの共同記者会見という形で行われたのだ。「この追加投資の話がなかったら、TSMCには100%の関税をかけるつもりだった」などとする大統領コメントも発表されており、自身の主張が功を奏した、といったご満悦ぶりがうかがえる。

 しかし、この発表を額面通りに受け止めてよいのか。TSMCは本気で米国に1000億米ドルもの追加投資をするつもりなのだろうか。TSMC創設者のモーリス・チャン氏は、もともと米国での工場建設には否定的だった。建設費も運営費も割高になることを理由に挙げていたが、アリゾナへの誘致の際には米国から多額の補助金が出されることで、建設費の負担は軽減された。しかし今回の追加投資に対しては、補助金は期待できない。ほぼ全額を自社で負担しなければならないはずである。しかも今から巨額な追加投資を発表しても、新工場が稼働するのは早くても2029年だ。2029年はトランプ大統領が任期を終えるタイミングである。そもそもトランプ政権は、自身が打ち出した相互関税についても方針が二転三転している。このような状況下で、4年先を見据えた1000億米ドルの追加投資は、果たしてTSMCの本音に従ったものなのだろうか。

 もちろん、次の政権がこの政策を継承する可能性はゼロではないし、そんな先のことは誰にも予測できない。だからこそ、半導体に限らず多くの企業がトランプ政権の関税政策にどう対応すべきか、二の足を踏んでいるようにもみえる。特に半導体/ハイテク業界は分業化が進んだ中でグローバル化されている。むしろそれを推進してきたのは多くの米国企業なのだ。国と国の貿易収支をベースにした相互関税を適用すると、分業化/グローバル化を推進してきた多くの米国企業に巨大な負担がのしかかる。恐らくトランプ政権は、「経済合理性」よりも「経済安全保障」を重視したいのだろうが、周囲からの反発が想定以上に強かったのだろう。それが政策の二転三転を引き起こしている、と考えるのは筆者だけではないはずだ。

Intelから分社の新ファウンドリー会社への出資

 TSMC関連の不可解な話はまだある。Intelから分社される製造部門への出資の件だ。分社される新会社はファウンドリー専業会社となり、この企業に誰が出資するのか、議論が進められている。出資候補企業にTSMCの名前が出てくるのは必然的な流れだろうが、TSMCが(50%以上を出資する)マジョリティーになるのは、米国政府が容認しないだろう。これは日本製鉄がUSスチールを買収しようとした時の状況を考えれば想像がつく。ではマイノリティー出資ならどうか。米国政府は歓迎するだろうが、それではTSMCにメリットが見いだせない。新会社は自身の競合相手である。そんな「敵に塩を送る」ような出資をTSMCがするとは思えないのだ。しかし報道によれば、新会社への出資は複数のファブレスメーカーと、TSMCの20%出資という案で議論が進められているという。常識的には考えられないことだ。まだ報道されていない何らかの条件が存在するのではないか、と筆者は勘繰っている。

 例えば、「1000億米ドルの追加投資および新会社への20%出資が関税免除の条件」だとしたらどうだろう。TSMCは半導体業界で最も必要とされるメーカーの1つだが、台湾という立場の弱い国(政治的には「国」とは呼べないかもしれない)に生まれ育ち、政治的な後ろ盾を期待できない立場にある。それどころか、台湾政府が中国政府とハイテク関連の案件で対談する際、モーリス・チャン氏を同席させることで交渉を優位に進めようとすることすらあるという。今回のようにトランプ政権のやり玉にされたら、TSMC自身が防衛策を講じないと誰も助けてくれない、といった事情が原因なのかもしれない。

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