方便か本気か 分からないTSMCの米国への1000億ドル投資の狙い:大山聡の業界スコープ(87)(2/2 ページ)
TSMCが米国に1000億米ドルを投じて最先端プロセスの工場を設立すると発表した。しかし筆者としてはその発表がどうもふに落ちない。TSMCの本音はどこにあるのか――。
二転三転しそうな政権の方針
ここからは「そもそも論」だが、半導体は電子機器の製造に不可欠な部品であり、電子機器の製造拠点のないところで需要は生まれない。米国は世界で最も労働コストが高い国なので、人件費比率の高い電子機器製造、具体的にはスマホ、PC、AV機器といった電子機器の製造には最も不向きな国、ということになる。事実、米国にはスマホやPCの量産工場は存在しない。前回も述べたことだが、昨今の米国向け半導体出荷が伸びているのは、GAFAMを中心としたITベンダーのデータセンター向けにプロセッサやメモリが直接出荷されるケースが増えていることが要因である。そのデータセンターのサーバも米国ではなく、中国や東南アジアなどで生産されている。米国にサーバが設置された後、その空きスロットを埋めるプロセッサやメモリが直接出荷される。昨今の米国向け半導体出荷は、通常の半導体市場のサプライチェーンの中ではやや例外的な流れといえるだろう。
Appleを例に取れば、自社で設計した半導体を台湾のTSMCに製造してもらい、その半導体は中国の鴻海(Foxconn)に出荷される。そこでiPhoneが製造され、iPhoneは世界中に向けて出荷される。この流れで言えば、米国に半導体は出荷されず、米国向けiPhoneが中国から出荷されるだけである。トランプ政権はこのiPhoneに相互関税をかけようとしたわけで、これはそのまま米国民の負担となる。同政権は「米国にはiPhoneを生産できる労働力と資源がある」などと主張していたが、これは労働コストを無視した無責任かつ非常識な主張であり、慌ててスマホやPCを相互関税の対象から外す羽目になった。「経済合理性」よりも「経済安全保障」を重視し過ぎた証左であり、この様子では今後も政権の方針は二転三転を繰り返すかもしれない。
どうしても額面通りに受け取れないTSMCの米国への追加投資
半導体/ハイテク業界では、多くの米国企業が推進役となって分業化、グローバル化が進んできたことはすでに述べた。NVIDIA、Qualcomm、Broadcom、AMDなど、優良なファブレスメーカーが多く存在することをみても明らかである。かつては米国にも今より多くの垂直統合型のデバイスメーカーが存在し、それぞれの企業が自身の半導体工場を保有していた。しかし分業化を進め、ファブレスメーカーへの転身を図った企業も多い。製造はTSMCをはじめとする台湾のファウンダリ―に任せた方が事業の効率化を図れる、という判断だ。米国に最先端ロジックの工場が育たないのは、最初からTSMCに製造を委託する方針のファブレスが多いこと、Intelがファウンドリー事業に行き詰まったこと、さらにはファウンドリー専業のGlobalFoundriesが最先端プロセスの開発を断念したこと、などが主な要因である。「台湾が米国から半導体産業を奪っている」「この追加投資の話がなかったら、TSMCには100%の関税をかけるつもりだった」など、経済合理性の観点からはまともに聞いていられるコメントではない。経済安全保障を重視したいのなら、そういう説明をしないと周囲は納得しないだろう。
ここまでが筆者なりのトランプ政権に対する考察である。どう考えても、TSMCの「1000億米ドル投資」を額面通りに受け取れないのだ。TSMCはこの政権とどんな交渉を行っていて、どこを「落としどころ」にしようとしているのか。特に報道されていない部分に興味がある。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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