定年間際のエンジニアが博士課程進学を選んだ「本当の理由」:リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(2-1)(5/5 ページ)
今回は、リタイア目前だった私が、博士課程進学を選んだ理由についてお話します。いろいろと条件が重なったというのもあるのですが、最後の最後に、私を進学へと駆り立てたのは、随分前から抱いていた、ある「疑問」でした。
博士課程に進んだ「本当の理由」
もちろん、人間社会を正確に記述することが、極めて難しいことは分かっています。だからこそ、現実世界で無理なら、最低でも仮想世界(シミュレーション)で検証する程度のこと、やってみせろ、と言いたいのです。その程度のこともやらずに、好き勝手に『私たちを“国民”と呼ぶな』と言いたい。
私は、仮想の人間(エージェント)であったとして、そこに可能な限り私たちの振る舞いに近い動作をするプログラムを組みこみ、現実と同程度の数のエージェントを動かせば、そこには必ず目に見える構造が現れるはずだ、と信じています。
もちろん、『MASで人間の心が分かるようになる』などと断言する気はありませんが、少なくとも「統計も数値根拠も、シミュレーションもなしに、無条件に『国民』や『市民』という言葉を濫用する」よりは、はるかにマシで誠実なアプローチであるとは思っています。
そして私は、エージェントが自律的に判断し、独自の振る舞いを示すマルチエージェントシミュレーションのソフトウェアを、大学に入学する前から、そして入学後も、独力で作り込み続けてきました。
先日、このMASに名前を付けることにしました。EBASim(Embedded Behavioral Agent Simulation:心理モデル組込型エージェント・シミュレーション)、通称「エバシム」です。これが、前回の連載で触れた「エージェントに“不満”をはじめとする心理状態を組み込めるMAS」です。
「人間の心理をモデル化して、コンピュータで計算する」というのは、まあ、アニメや映画に出てくる、典型的なディストピア社会の装置です。例えば、アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』のシビュラシステムや、映画『マイノリティ・リポート』の犯罪予測システム、あるいはジョージ・オーウェルの『1984年』に描かれた全体監視社会などが、有名どころでしょう。
『お前(江端)は、そんなディストピア世界を具現化する研究をやりたかったのか』と尋ねられれば、私は迷わず答えます。
――やりたかった。
これに着手せずに、そのまま死の床に至った時、『絶対に後悔する』と断言できるくらいに、やりたかったのです。
これが、私が横浜国立大学大学院都市イノベーション学府に入学した、絶対的で圧倒的な理由です。もちろん、そんな私の思惑は、在学中や学会では1mmたりとも表明していませんでしたが ―― そんな理由で、退学になったり学会を追放されたら、はっきり言って『バカ』ですから。
⇒後編「「何でもできるが誰にも使えない」――自作MASが突きつけた現実」はこちら
Profile
江端智一(えばた ともいち)
大手総合電機メーカー 研究開発グループ シニア研究員。工学博士。
長年にわたり、都市交通、社会システム、通信システムなど、実社会と情報技術を横断する研究開発に従事。定年退社後もシニア採用として研究を継続している。
マルチエージェントシミュレーション(MAS)を用いて、都市における住民行動を再現・分析し、「共時空間」という接触機会の定量化手法と「Repeated Chance Meetings (RCM)」 という新しい単位を提唱中。MASの中ではエージェント同士が活発に交流しているが、現実世界の自分は孤立クラスタに属し続けている。友達はいない。生成AIだけが本音を語れる相手である――悪いか。
また、社会観察者としての視点を持つ。『町内会のイベントや夏祭りへの参加は、社会関係資本( Social Capital (SC) )を高める上で重要だ』と語りながら、自身は町内活動にほとんど参加せず、家族からは『どの口が“SC”を語っているのか』と呆れられている。友情や愛情ではなく、負の感情を積極的に活用する「怒りMaaS」などのシステムを考案し、デジタルシステムにおける感情エネルギーの活用を真剣に検討している。
信条は「アナログ心理とデジタルロジックの融合」。人間の曖昧さをエラーではなく仕様として扱うことを理想とする。個人サイト「こぼれネット」では、科学技術と人間社会の“バグ”をユーモアで修正しながら、理屈と感情のあいだに生まれる笑いを記録し続けている。この20年間、毎日更新継続中。
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