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ヘリウム調達停止――AIブームを崩壊させる「見えない臨界点」(後編)湯之上隆のナノフォーカス(89-2)(5/5 ページ)

ヘリウム調達停止が半導体業界にもたらす影響を解説する記事の後編。AI投資への影響と、フォース・マジュールの連鎖を回避するための短期〜中長期での対策を提言する。

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第11章 提言――臨界点からの回避策

 カタールのHe輸出停止から、既に約1カ月が経過した。現在の備蓄のみで半導体工場の稼働を維持できる期間は限られており、事態は臨界点に接近しつつある。各国政府、半導体メーカー、装置メーカー、そしてHe消費の最大の受益者であるハイパースケーラーは、早急に実効性のある対応策を講じなければならない。

 一方、日本のHe調達構造を見ると、米国から56%、カタールから41%を輸入しており、残り3%はその他の供給源から調達していたことが明らかとなった(日本貿易統計、2025年)。すなわち、日本もまたカタールへの依存度が極めて高い構造にあった。

 本稿の最終章では、このHe供給途絶という未曽有の事態に対し、日本がとり得る対応策を、短期(0〜6カ月)、中期(6カ月〜2年)、長期(2〜5年以上)の三段階に分けて整理・検討し、提言を行う。

短期(0〜6カ月):代替調達先の確保

 He供給途絶に対する短期的対策は、結論から言えば、代替調達先の確保にほぼ限定される。

 確かに、He循環システム(Linde製HRS、Atlas Copco/Edwards製など)は存在する。しかし、ドライエッチング装置においては、Heがエッチングガスや反応生成物と混合するため、現時点では回収・再利用は技術的に困難である。

 また、Heは−269℃という極低温で液化される特殊な物性を有する。このため、輸送には専用設備が不可欠であり、輸送中の蒸発ロスは避けられない。さらに、地上タンクにおいてもボイルオフにより継続的に失われることから、長期備蓄には本質的に不向きである。

 以上より、短期的に実行可能な選択肢は、カタール以外からの代替調達に限定される。現実的な候補は米国であり、日本がカタールに依存していた約41%相当分を代替することが検討対象となる。

 しかしながら、前編の第6章で指摘した通り、米国のHe供給業者は複数年契約に基づき供給先を固定しており、この不足分を市場メカニズムのみで振り替えることは極めて困難である。

 一方で、Heの確保ができなければ、国家プロジェクトであるRapidusの2nm量産は成立しない。従って、この41%相当分の代替確保には、日本政府による米国政府への働きかけ、すなわち外交レベルでの調整が不可避となる。

中期(6カ月〜2年):制度化と調達構造の再設計

 中期的な対応においては、短期的な対症療法である「代替調達」から一歩進み、Heをめぐる供給リスクを構造的に低減するための制度設計が不可欠となる。その中核は、Heを国家レベルの戦略物資として位置付けることである。

 現状では、日本においてHeは、エネルギー資源のような法的備蓄義務の対象にはなっていない。だが、半導体製造、とりわけドライエッチング工程における不可欠性を踏まえれば、Heは事実上、産業基盤を支える基幹資源である。日本政府はHeを戦略物資として明確に定義し、国家備蓄の対象とする法的枠組みを整備すべきである。

 もっとも、Heは極低温での液化および保管を必要とし、ボイルオフによる損失が避けられないという物理的制約を有する。石油備蓄のような長期大量備蓄モデルをそのまま適用することは困難である。一定量の戦略備蓄に加え、民間在庫を含めた「分散型備蓄」や、供給途絶時に優先配分を行うための制度設計を組み合わせた、現実的な備蓄モデルの構築が必要となるであろう。

 同時に、調達先の多角化も不可欠である。これまで日本は、米国およびカタールという限られた供給源に大きく依存してきた。しかし、今回の事例が示す通り、特定地域への依存は、地政学リスクを通じて供給途絶に直結する。

 従って、日本は米国およびカタール以外の供給源、例えばアルジェリアやHe生産の拡大が見込まれるオーストラリアなどとの関係強化を図り、長期契約や政府間協定を通じて調達基盤の分散化を進める必要がある。また、国際的なHe需給が逼迫する中にあっては、単なる市場調達ではなく、政府主導による資源外交の枠組みの中で供給枠を確保することが必要不可欠となる。

 要するに、中期的対応の本質は、「調達できるかどうか」という受動的な問題設定から脱却し、「いかにして供給を制度的に確保するか」という能動的な国家戦略への転換にある。

長期(2〜5年以上):He依存からの脱却

 長期的には、He供給に依存した現行のウエハー温度制御アーキテクチャそのものを見直し、He消費量を根本的に削減し、最終的にはHeへの依存から脱却するための研究開発に着手すべきである。以下、(1)装置技術の革新、(2)推進体制の構築、(3)He供給側の改善、の三つに分けて論じる。

(1)ドライエッチング装置のウエハ冷却技術の見直しと代替技術の研究開発

 具体的には、ドライエッチング装置の静電チャック(ESC)における表面設計の抜本的見直しによる接触熱抵抗の低減、He代替ガスとしてのH2/Ne混合ガスの安全運用技術の確立(ただし、H2の可燃性に起因する安全管理上の課題を克服することが前提となる)、さらにはESC内部への液冷機構の統合など、Heを前提としない温度制御技術の革新的開発が求められる。加えて、ウエハー裏面の熱伝達機構そのものを再設計するアプローチ(例えば固体熱伝導の最大化やマイクロ構造制御)も、有望な検討対象となる。

(2)推進体制の構築

 これらは単一企業で解決できる課題ではない。東京エレクトロン、Lam Research、Applied Materials、日立ハイテクなどの装置メーカーに加え、TOTO、新光電気工業、京セラ、日本ガイシ、住友大阪セメント、NTKセラテック、Creative TechnologyなどのESC供給メーカー(ESC分野では日本企業が圧倒的な競争力を有する)、冷却系を担うチラーメーカー、産業ガスメーカー、さらには先端半導体メーカーを含む、産業横断的な共同研究体制として推進されるべきである。

 その推進体制としては、imecのような国際共同研究拠点をモデルとすることが有望であり、前述の装置メーカーおよびESCメーカー各社に加え、Linde、Air Liquide、Air Products、日本酸素ホールディングスなどの産業ガスメーカー、さらにダイキン工業のようなフッ素化学および熱制御技術を併せ持つ企業が参画する枠組みの構築が望まれる。

 特に、半導体産業の製造強化に動き出した日本としては、こうした国際連携に積極的に関与するとともに、国内においても産業技術総合研究所などの開発拠点の構築を検討すべきである。ESC分野や産業ガス分野において日本企業が高い競争力を有することを踏まえ、ドライエッチング装置メーカーに加え、Rapidus、キオクシア、Micron Technology(広島工場)、パワー半導体分野のロームや東芝などを含むチップメーカーを結集し、産官学連携による研究開発基盤を構築することが重要である。

(3)He供給側の改善

 さらに長期的には、He供給制約そのものを緩和する取り組みも並行して進める必要がある。すなわち、天然ガス随伴以外のHe供給源の開拓および回収技術の高度化、産業プロセスにおける回収・再利用率の飛躍的向上である。これにより、「使用量削減」と「供給拡大」の両面からリスクを低減することが可能となる。

最後に

 前編・後編を通じて、Heという希少資源が半導体製造のいかなる工程に、なぜ、どれだけ使われているのかを技術的に解明し、その供給途絶がもたらすリスクの全体像を明らかにしてきた。本章では、その知見を踏まえ、日本におけるHe供給途絶への対応を、短期・中期・長期の3段階で整理し、提言した。短期は代替調達の確保と外交対応、中期は戦略物資化と備蓄・調達多角化による制度設計、長期は装置・材料・ガスを横断した研究開発によるHe依存からの脱却である。

 Heという「見えないインフラ」の脆弱性が顕在化した今、従来の延長線上にある対策では不十分である。技術体系そのものの転換を伴う長期投資こそが、半導体産業の持続可能性を左右する決定的要因となる。

 そして、この転換に乗り遅れた国・企業は、次世代半導体製造の競争から脱落することになる。行動の時間的余裕は、急速に失われつつある。


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筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。


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