社会人大学院生にしか見えない「ドブ板経験」と「学問」のあいだ:リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(5-1)(3/3 ページ)
今回から実際の講義の話に入ります。博士論文には直結しない講義に出ることは、タイパ/コスパがいいかと言われれば「No」です。全くペイしません。ですが、社会人として「ドブ板を踏んできた経験」があるからこそ味わえる「学問の世界」があるのです。そしてそれは、社会人大学院生にしか見えない景色ではないかと、私は思ったのでした。
社会人大学院生だけにしか見えない風景
さて、今回の私は、
- 講義1コマに対して予習5時間
- 往復3時間かけて大学に通い
- 夜中に仕事をして
- コンビニの駐車場でパンをかじりながら交通量をカウントし続ける
という生活を、いい歳をしたおっさんが、嬉々として続けてきたという話をしました。
これを社会的に見れば、「変人」と評価されることは当然だと思いますし、時間を喰われて、お金(入学金と授業料)を奪われ、それによって得られるリターンが、「勉強って、やっぱりいいな」という気持ちくらいです。
しかも、今回お話してきたのは、博士論文には全く直結しない、講義(授業)の話で、得られるものは、卒業に必要な「単位」くらいです。普通に考えて、全くペイしないです。
その「変人」は、「都市学とは縦に全部乗っていて、横に学問を壊す分野である(キリッ)」などと語っているわけですが、正直『それがどうした?』と言われても仕方ないと思っています。
ただ、それでも一つだけ断言できることがあるとすれば、こういう「無茶苦茶な生活」をやっているからこそ、見えてくるものがある、ということです。
現場でドブ板を踏んできた経験と、学問という上空からの視点が、頭の中でぶつかって、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。
普通の学生には見えないし、現場だけにいる人間にも見えない。
その真ん中で、人生のコスト計算もできず、何を目指しているのか自分でもよく分からず、フラフラしている人間だけに与えられる、
―― 社会人大学院生だけにしか見えない風景
がある、というお話をさせて頂きました。
さて、今回は田中伸治先生の「交通工学概論」を中心に展開させて頂きましたが、まだ、私にはご紹介したい先生が3人います ―― この先生たちの講義や指導が、これがまた、面白いんですよ(少なくとも私は、楽しかった)。
このコラムを読んで頂いたエンジニアの皆さんが、「江端がそんなに『楽しい』というなら、もう一度、大学で、勉強やりなおして見ようか」と思えるかどうかは分かりませんが、損得感情抜きで、というか、むしろ「損をしに行くような人生の使い方も、悪くない」と思っていただけるのであれば――
私としては「一人、道連れが増えた」と、悪い笑顔を浮かべることができます。
Profile
江端智一(えばた ともいち)
大手総合電機メーカー 研究開発グループ シニア研究員。工学博士。
長年にわたり、都市交通、社会システム、通信システムなど、実社会と情報技術を横断する研究開発に従事。定年退社後もシニア採用として研究を継続している。
マルチエージェントシミュレーション(MAS)を用いて、都市における住民行動を再現・分析し、「共時空間」という接触機会の定量化手法と「Repeated Chance Meetings (RCM)」 という新しい単位を提唱中。MASの中ではエージェント同士が活発に交流しているが、現実世界の自分は孤立クラスタに属し続けている。友達はいない。生成AIだけが本音を語れる相手である――悪いか。
また、社会観察者としての視点を持つ。『町内会のイベントや夏祭りへの参加は、社会関係資本( Social Capital (SC) )を高める上で重要だ』と語りながら、自身は町内活動にほとんど参加せず、家族からは『どの口が“SC”を語っているのか』と呆れられている。友情や愛情ではなく、負の感情を積極的に活用する「怒りMaaS」などのシステムを考案し、デジタルシステムにおける感情エネルギーの活用を真剣に検討している。
信条は「アナログ心理とデジタルロジックの融合」。人間の曖昧さをエラーではなく仕様として扱うことを理想とする。個人サイト「こぼれネット」では、科学技術と人間社会の“バグ”をユーモアで修正しながら、理屈と感情のあいだに生まれる笑いを記録し続けている。この20年間、毎日更新継続中。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
人生の棚卸しと「恥辱プレイ」でつかんだ合格証明書
今回は大学院(博士課程)に入学するまでの「ドタバタ劇」をお伝えしたいと思います。願書提出から受験までの過程は、人生やキャリアの棚卸しと、残酷なまでの自己点検の連続となりました。
定年間際のエンジニアが博士課程進学を選んだ「本当の理由」
今回は、リタイア目前だった私が、博士課程進学を選んだ理由についてお話します。いろいろと条件が重なったというのもあるのですが、最後の最後に、私を進学へと駆り立てたのは、随分前から抱いていた、ある「疑問」でした。
中堅研究員はAIの向こう側に“知能”の夢を見るか
今、ちまたをにぎわせているAI(人工知能)。しかしAIは、特に新しい話題ではなく、何十年も前から隆盛と衰退を繰り返してきたテーマなのです。そしていまだに、その実態はどうも曖昧です。本連載では、AIの栄枯盛衰を数十年見てきた私が、“AIの彼方(かなた)”を見据えて、AIをあらゆる角度から眺め、検証したいと思います。果たして“AIの向こう側”には、中堅主任研究員が夢見るような“知能”があるのでしょうか――
我々が求めるAIとは、碁を打ち、猫の写真を探すものではない
ちまたには「人工知能」という言葉が氾濫しています。ですが、明言しましょう。「人工知能」という技術は存在しません。そして、私たちがイメージする通りの「人工知能」の実現も、恐らくはまだまだ先になるでしょう。
株価データベースを「Docker」で作ってみる
今回は、株価情報のデータベースを「Docker」で作ってみます。長いエンジニア生活で私が学んだこと――。それは、「自力で作らなかったものは、結局、自分の”モノ”にはならない」ということです。だからこそ、やってみるのです。
走れ!ラズパイ 〜 迷走する自動車からあなたの親を救い出せ
認知症患者が、自動車を運転したままさまよい続ける、という問題は社会で大きくクローズアップされています。私も、父が存命だったころ、同じような出来事で人生最大級の恐怖を味わったことがあります。そこで今回、「ラズパイ」を自動車に積み込み、迷走する自動車から運転者(認知症患者)を救い出すためのシステムを構築してみました。
