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MATSim実践編――渋滞をシミュレーションしてみる:リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(8-2)(4/4 ページ)

今回のMATSim(マルチエージェントシミュレーション)実践編では、交通渋滞のシミュレーションをやってみたいと思います。MATSimにおいて、渋滞の実現に使われているメカニズム「QSim」についても解説します。

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「自分の弱点に名前を付けると、それを長所に変換できる」

先輩:「読んだぞ。英語、怪しいデータ、パチンコ玉、MASの2005年問題、QSim、最後が『研究とは、愛である』。多くのページを割いて、ずいぶん壮大なところまで行ったな」

江端:「ありがとうございます。今回の記事は、前半と後半でかなり内容が違うので、最後に一本につなげたつもりです」

先輩:「俺には、『英語は適当、データは怪しい、モデルも怪しい、シミュレーションも適当。でも全部まとめれば研究になります』と読めたんだけどな」

江端:「ものすごく悪意のある要約ですね。『適当』ではなく、『不完全であることを理解した上で、目的に応じて対応する』です」

先輩:「そこなんだよ。お前は昔から、自分の弱点に名前を付けると、それを長所に変換できると思っている。英語が下手なら『実戦的コミュニケーション技術』、データが怪しければ『現実そのものが不完全』、モデルが不完全なら『目的限定型』だ」

江端:「前向きで意味のある再定義と言えましょう」

先輩:「まあ意味はあるのかもしれんけどな。でも、お前の場合、不都合なものが出てくるたびに、世界の側をお前に合わせて再定義しているように見えて仕方がないんだけどな」



先輩:「そういえば、英語の話もそうだ。普通なら『英語を勉強しよう』となるところを、お前は『デタラメでも英単語を並べて、説明を止めない方が重要だ』と来た。つまり、英語が下手なのではなく、『乱暴に使い倒す技術を実践している』ことにした」

江端:「研究員やエンジニアの英語は、学校英語とは違うと思いますよ。質疑応答では、文法の正しさより、説明を途中で止めないことの方がはるかに重要です」

先輩:「そこは分かる。だが、お前は『できないこと』を『別の能力』として再定義して、それをもっともらしくロジックにして語る能力が異様に高い。普通の人間なら『できないこと』に落ち込んで終わるところを、いちいち理屈を立てて、もっともらしく論じているわけだ」

江端:「まあ、私は、そういうモノ書きとして、自分を切り売りしていますからね」

先輩:「なるほど。お前の場合、自分の欠点まで商品化して売り飛ばすわけだ」



先輩:「データの話も同じだ。アンケートには回答者しかいない、位置情報データにも取得できた人しかいない、だから観測データは現実そのものではない――と、まあ、ここまではいいだろう」

江端:「はい」

先輩:「そこからお前は『完全に正しいデータや、完全に正しいシミュレーション結果という考え方を捨てろ』と、一気に不可知論の哲学に持ち込む。普通は『サンプリングバイアスに注意しましょう』くらいで止まるぞ」

江端:「でも、そこを曖昧にすると、シミュレーションの正しさを過信することになります」

先輩:「分かる。分かるんだが、データの欠測を発見して、人間の認識論まで登っていく必要があるのか、という話だ」

江端:「必要だと思っています」

先輩:「そういうところだよ。普通はそこまで登らないんだ」



先輩:「それから有吉先生の『意思を持ったパチンコ玉』。お前、自分が3年間かけて作ろうとしている研究テーマをパチンコ玉扱いされて、なぜ感動したんだ?」

江端:「自分のやりたいことを、たった一言で言語化してもらえたからです。あれで、大学院に入る決心がつきました」

先輩:「研究テーマをパチンコ玉扱いされて博士課程への進学を決意する人間って、かなり珍しいぞ」

江端:「だって、私がやりたかったことを、あれほど明快に説明できる言葉が他になかったんです」

先輩:「つまり、お前にとってあの一言は比喩じゃなくて、大学での研究の基本コンセプトとなったわけか」

江端:「後から考えると、そうですね」

先輩:「先生はそこまで責任を持って言ってないと思うぞ」



先輩:「MASの2005年問題も、お前らしい。論文数が増えた、Google Trendsでも時期が重なる、64bit OSへの移行も重なる、PCのメモリも増えている。で、結論が『研究史の大きな転換点だと思ったら、メモリが増えただけでした』」

江端:「そこまで単純化はしていません。計算機性能だけで全部を説明できるとは書いていませんし、ツールや研究分野の拡大も要因です」

先輩:「分かっている。ただ、お前は交通工学の博士課程に入って、交通工学の本流ではなく、『昔、32bit OSで苦労したオッサンにしか思い付かない話』を国際学会に持っていって、賞まで取って、論文にした」

江端:「そこは評価していただきたいところです」

先輩:「評価してるよ。普通なら『昔はメモリが足りなくて大変だった』で終わるシニア研究員の愚痴を、『仮説→検証→論文』まで持ち込んだんだから」



先輩:「で、後半のQSim。ここが一番笑った。お前、QSimを調べて、『個々の車両は残す、でも細かい位置や加減速は追わない』『最高精度をあえて捨てて、精度と計算量のバランスを取る』と書いたな」

江端:「はい。それがMATSimの目的に合っていると理解しました」

先輩:「その瞬間、俺は思ったね。『江端がQSimに出会って、自分と同じ匂いを嗅ぎつけた』と」

江端:「どういう意味ですか」

先輩:「細かいところは捨てる。必要なところだけ残す。完璧を狙わない。でも結果は欲しい。完全にお前の研究スタイルじゃないか。だから『MATSimも、自分と同じように振る舞っている』と安心したんじゃないか」

江端:「次、行きましょう」



先輩:「しかも、そこからGoでQSimもどきを作った」

江端:「『もどき』ではなく、基本動作を確認するための最小検証プログラムです」

先輩:「W1から400 veh/h、W2から400 veh/h、W3は600 veh/h。合計800に対して出口600、差分200が溜まる。で、30分なら理論上100台くらい滞留して、実際は94台だった」

江端:「はい」

先輩:「つまり、お前の夏休みは、800−600=200を、Go言語とgoroutineとbarrierと何ページも使って確認したわけだ」

江端:「引き算だけでは、FIFOもキューも時間変化も分からないじゃないですか」

先輩:「分かっている。でも普通の人間は『800−600=200ですね』で終わるところを、お前はNodeを作り、Linkを作り、Agentをgoroutineにして、時刻同期まで実装する。何でも自分で実装して確かめないと気が済まない病気だ」

江端:「シミュレーションは、結論を示すだけではなく、その途中のプロセスを『見える化』することにあります。少なくとも、私は『800−600=200』に至るプロセスを自分の目で確認しないと、納得できないんですよ。というか、多くの人って、なんで自分で調べたり確かめたりしないまま、納得するんですか?」

先輩:「多くの人は、そんなヒマもないし、手段もないからだろう。お前、自分がたまたまプログラムを書けて、シミュレータを作れるからといって、それができない人間を『なぜ自分で確かめない』と責めるのは傲慢だぞ」

Profile

江端智一(えばた ともいち)

大手総合電機メーカー 研究開発グループ シニア研究員。工学博士。

長年にわたり、都市交通、社会システム、通信システムなど、実社会と情報技術を横断する研究開発に従事。定年退社後もシニア採用として研究を継続している。

マルチエージェントシミュレーション(MAS)を用いて、都市における住民行動を再現・分析し、「共時空間」という接触機会の定量化手法と「Repeated Chance Meetings (RCM)」 という新しい単位を提唱中。MASの中ではエージェント同士が活発に交流しているが、現実世界の自分は孤立クラスタに属し続けている。友達はいない。生成AIだけが本音を語れる相手である――悪いか。

また、社会観察者としての視点を持つ。『町内会のイベントや夏祭りへの参加は、社会関係資本( Social Capital (SC) )を高める上で重要だ』と語りながら、自身は町内活動にほとんど参加せず、家族からは『どの口が“SC”を語っているのか』と呆れられている。友情や愛情ではなく、負の感情を積極的に活用する「怒りMaaS」などのシステムを考案し、デジタルシステムにおける感情エネルギーの活用を真剣に検討している。

信条は「アナログ心理とデジタルロジックの融合」。人間の曖昧さをエラーではなく仕様として扱うことを理想とする。個人サイト「こぼれネット」では、科学技術と人間社会の“バグ”をユーモアで修正しながら、理屈と感情のあいだに生まれる笑いを記録し続けている。この20年間、毎日更新継続中。



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