ぼっち系エンジニア、「幸せ」について論文とデータで殴られる:リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(6-1)(1/4 ページ)
今回は「都市交通計画特論」の講義をご紹介します。この講義、本当に本当にキツかった……。それは、この講義によって、「幸せを求めるなら外に出ろ、人と会え」という正論を、人生訓や精神論ではなく、ロジックとして理解させられてしまったからです。
3年間の休載を経て戻ってきました。休載していた理由は、私はリタイア(定年退職)間際だったにもかかわらず、「MAS(マルチエージェントシミュレーション)」を研究すべく、社会人のまま大学院博士課程に突っ込んでいったからです。なぜ“そんなこと”になったのか――。そして私をそこまでさせた「MAS」とは何なのか。社会人大学院生の実態を赤裸々に語りつつ、MASを技術的に深掘りしていきます。
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薄暗い非常階段で見た「祈り」
私の在籍していた横浜国立大学の都市イノベーション学府の、「交通と都市研究室(Transportation and Urban Engineering Laboratory、略称"TUEL")」のゼミ室は、大学の西門近くの「土木工学棟」という建物の3階にありました。
私は社会人大学院生でしたので、講義と全体ゼミの日だけ、この土木工学棟に来ていました。研究そのものは、大学院での研究用に購入したPCを使い、大学とオンライン接続しながら、基本的には自宅で進めていました。
―― 私の自宅の仕事部屋は、その辺の研究室より、よっぽど『研究室』していますから
今、私の部屋には4台のPC、9台のディスプレイ、5台のカメラ、2台のマイクがあり、データバックアップ用のNASが2台起動中で、自作のサービスが3つのクラウドで稼働し続けています。
まあ、私が大学でやっていた研究は、マルチエージェントシミュレーション(MAS)を使った情報系の研究でしたので、量子コンピュータも、素粒子加速器も、巨大な風洞実験設備も不要でした。大体のものは、Amazonとインターネットがあれば手に入りましたし、大学から貸与して頂いた機器(大容量のHDD等)もありました。
ちなみに『江端家のセキュリティシステムをダウンさせられるか』という、社内の非公式チャレンジが存在した、といううわさもあります(関連記事:「攻撃的ホームセキュリティ ―― メイドが侵入者を迎え撃つ」)。
それはさておき、連載当初からお話していますが、この研究室には海外留学生が多く在籍しており、当然のことながら、それぞれの留学生には、それぞれの文化や生活習慣というものがありました。これは研究内容だけでなく、日常生活の端々にも現れていました。
思い出深いものを一つ挙げるとすれば、「お祈り」です。
私は在学中、何度か土木工学棟の薄暗い非常階段の踊り場で、礼拝をしている女性を見かけました。
私自身は、正月の神社参拝と、両親の法事、それから受験前くらいでしか信仰心が発動しないという、典型的な日本人ですが、他人の信仰心は、できるだけ大切にしたいと思っています(ただし、霊感商法をやる連中については、一切容赦しませんが)。
ですので、その女性が祈りをささげている場面に出くわした時も、なるべく物音を立てないように、ゆっくりと静かに横を通らせてもらっていました。薄暗く、狭い非常階段の踊り場でしたが、そこには、妙に厳粛な空気がありました。
―― 信仰心のない私ですら、篤(あつ)い信仰心を持つ人の祈りを見ると、心が清められるような気がする
とまあ、私は信仰というものを、「神」ではなく、「人」を通じて、その価値や意義を見いだす、ひねくれた宗教観を持っているようです。
それはさておき、私は、こんな薄暗くて狭い場所での礼拝を、気の毒に思いました。これからの大学は、ジェンダーフリーのトイレの整備なども大切ですが、礼拝する場所の整備も重要だよなぁ、と実感しました。
個人的には『空いている教室などを、自由に使ってくれてもいいのになぁ』とか思いつつ、よくよく考えれば、私、宗教における「祈り」という行為について、全然知らないことに気が付きました(実施時間、所要時間、作法など)。
これからは、大学や会社のオリエンテーションなどで、宗教的な習慣についての基礎的な知識を、学生や教職員が学ぶ機会も必要なんじゃないかな、と思っています。
―― という話を、期末のゼミの最終日の打ち上げの時、研究をご指導をいただいていた松行先生にお話したところ、『ウチ(横国大)には、礼拝スペースがあったはずだよ』と教えてもらいました。
調べてみると、横浜国立大学には、礼拝スペース自体は用意されていました。ただ、その礼拝スペースは、土木工学棟からはかなり離れた場所にありました。もちろん、その学生が非常階段を利用していた本当の理由は、私には分かりません。
ふと、『政教分離との関係は大丈夫なのかな?』と思いましたが、最近の大学では「Prayer Room」「Meditation Room」「グローバル・コミュニケーション・スペース(横国大)」などの名称で整備されることが多いみたいです。近年は留学生増加に伴い、多くの大学で同様のスペースが設けられています(例えばこちら)。
『ん? じゃあ、なんで彼女は、薄暗くて狭い非常階段の踊り場で祈っていたんだろう?』と考えてみたのですが、キャンパスの広さが、その理由の一つだったのではないか、と推察しています。実際にキャンパスマップを開いて調べてみたところ、土木研究棟から往復30分程度かかることが分かりました。
特に、決まった時間帯に礼拝を行うのであれば、研究室、講義、実験、TA(Teaching Assistant)、ミーティングの合間に「往復+礼拝前の準備+礼拝」を成立させるのは、ほとんど不可能だっただろうと、宗教的な習慣に疎い私にさえ想像できます。
「祈り」というのは、本来、静かで厳かなものだと思っています。ところが、その祈りに間に合わせるために、学生が広いキャンパスを全力疾走しなければならないとしたら、それは何とも奇妙な光景です。
―― 「うん、あれなら、まだ非常階段の踊り場の方がマシだ」と思いました。
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