世界市場でシェアを10倍に:ルネサス モバイル 代表取締役社長 川崎郁也氏(2/2 ページ)
ルネサス モバイルの川崎郁也社長は、「今後数年のうちに、世界市場でQualcommと肩を並べる」と公言してはばからない。その先の展望も描く。LTEチップが自動車やカメラ、ゲーム機などに搭載され、クラウドサービスにつながる――そうした新たな時代の覇者を目指すと意気込む。
モデム技術がカギを握る
EE Times 市場ではLTE向けのIPコアやプロトコルスタックが既に数多く製品化されており、ライセンス供給されています。ルネサス モバイルはどのように差別化を図っていきますか。
川崎氏 新しいモデム技術を開発するのは、簡単ではありません。参入障壁は今なお高いと考えています。
一般に、新しいモデム技術の開発は、まず学究的な取り組みからスタートします。その後、3GPP(3rd Generation Partnership Project)のような業界団体で、新しい標準規格として仕様の策定を進めるという流れです。Nokia出身の当社の社員も、3GPPに実動メンバーとして参加しています。その3GPPに参加する企業各社は、新たな標準規格が策定に至るまでにまだ5年ほどかかるとみています。
その後さらに、EricssonやNokia Siemens Networksなどのネットワークインフラを手掛けるメーカーと共同で、仕様をすり合わせていきます。これらのメーカーは、新技術の商用化に3年かかると見積もっています。
続いて、通信事業者と共同でネットワークを構築していきます。当社においては、Nokia出身のベテラン社員が、世界各国の通信事業者のキーパーソンとやりとりできる関係を築いています。
つまり、最終的な顧客である携帯電話機メーカーとビジネスの話を始めるまでに、将来的な方向性(そしてデザインウィンを獲得できるかどうか)はもう決まっているのです。
EE Times ルネサス モバイルは、2011年2月にスペインで開催された携帯電話関連の国際展示会「Mobile World Congress 2011(MWC 2011)」で、新型のアプリケーションプロセッサを発表しました。このプロセッサは、デュアルコア構成のARM Cortex-A9 MPCoreARMとImagination Technologies Groupが提供する「PowerVR」シリーズのマルチコアGPU「5XT MP」を集積しています。このコア構成だけに着目すれば、同じようなアプリケーションプロセッサを今後数カ月の間に各社が市場に投入するのではないでしょうか。ルネサス モバイルの強みはどこにありますか。
川崎氏 アプリケーションプロセッサそのものについてお話する前に、私たちが今、足を踏み入れつつある「クラウド時代」について説明させてください。今後は、100Mビット/秒のLTEネットワークで、スマートフォンやメディアタブレットのみならず、自動車やゲーム機、デジタルカメラをクラウドサービスに接続できるようになります。電話だけでなく、あらゆるクライアント端末にLTEモデムが搭載される日も近いでしょう。Qualcommが携帯電話のビジネスに精通しているように、ルネサス エレクトロニクスは組み込みシステムのビジネスをよく理解しています。当社のアプリケーションプロセッサは今後、自動車やカメラ、ゲーム機、その他さまざまなデジタル民生機器それぞれに向けたプラットフォームに幅広く組み込まれるようになるでしょう。
EE Times 携帯電話機以外のデジタル機器にLTEモデムが内蔵されるようになる時期は、いつごろになりますか。
川崎氏 2013年以降だとみています。
中長期の目標
EE Times 半導体業界では、これまで長年にわたって多くの企業が「プラットフォーム」ビジネスのコンセプトを掲げてきました。しかし、ST-EricssonのCEO(最高経営責任者)であるジル・デルファシー(Gilles Delfassy)氏が2011年5月中旬に述べたところによれば、現在、多くの機器メーカーの購買行動に変化が生じているといいます(米EE Timesの関連記事)。すなわち、複数のサプライヤーから部品を集めるのではなく、あらかじめ統合された「プラットフォームチップ」を単一のサプライヤーから調達する傾向が強まっているというのです。この傾向はここ1年ほどの間に顕著になってきたとのことですが、同じように感じていますか。
川崎氏 確かにそうです。当社の顧客企業は、構成部品の1つひとつを自ら選定したいとはもう考えていません。半導体ベンダーが総合的なプラットフォームソリューションを提供することを望んでいます。すなわち半導体ベンダーは、モデムからアプリケーションプロセッサ、各種インタフェースチップに至るまで、全てをまとめた上で、それがスマートフォンのプラットフォームとして完璧に動作することを検証してから供給する必要があります。
EE Times ルネサス モバイルがラインアップするアプリケーションプロセッサには、旧ルネサス テクノロジのSHコアの名前が見当たりません。SHコアはどうなったのでしょうか。
川崎氏 SHコアは、名前こそ皆さんの目に触れない形になっていますが、その機能はグラフィックス制御やディスプレイ制御を担うマルチメディアコントローラとして実装されています。
ただし、OSを稼働させるのはARMコアの方です。当社の顧客がSHコアを使用し続ける限りはSHコアを搭載し続けますが、その必要がなくなれば搭載をやめることになるでしょう。
EE Times ルネサス モバイルのモデムチップとアプリケーションプロセッサは、どの工場で製造していますか。適用しているプロセス技術も教えてください。
川崎氏 現在、モデムチップとアプリケーションプロセッサは、いずれも45nm世代のCMOSプロセス技術で製造しています。TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)に委託する他、ルネサス エレクトロニクスの那珂工場でも製造しています。(編集部注:那珂工場は茨城県ひたちなか市にあり、東日本大震災で被害を受けて生産を停止していたが、現在は順次生産を再開している。参考記事その1、その2)
2012年には、TSMCの28nmプロセス技術を適用し、モデムとアプリケーションプロセッサを1個のチップに統合した新型シングルチップ品の量産を始める予定です。
EE Times ルネサス モバイルの中期的な課題をどのように捉えていますか。
川崎氏 当社のモバイル向けSoC(System on Chip)は、今まさに数多くの引き合いを受けており、さまざまな要求が寄せられているところです。また、顧客企業に対して2013年までのロードマップも開示しました。後はそれをいかに実行するかです。顧客が求める仕様を満たす製品を確実に開発し、期日までにきちんと届ける。それが課題です。
EE Times 長期的な計画はどうですか。
川崎氏 まずは当社のチップが携帯電話機のLTE市場で広く採用されることを目指します。それが軌道に乗ったら、次はクラウドサービスの実現に向けて業界に貢献したいと考えています。具体的には、携帯電話機以外のさまざまな機器にLTEチップを搭載し、クラウドサービスに接続できるようにするという、新たな市場の確立に取り組みます。それがクラウドサービス向けのM2M(Machine to Machine)端末であれクライアント端末であれ、この新しいクラウド時代に当社はリーダー的役割を果たしていきたいと考えています。
EE Times この半年間、Nokia出身の社員から学んだことはありますか。
川崎氏 Nokiaからの事業買収は、企業文化とインフラの両面で真のグローバル化をもたらしました。今やルネサス モバイルでは、上司がフィンランドのヘルシンキにいることもあれば、チームに支援が必要になったときにインドのバンガロールからすぐに適任者を呼び寄せることも可能です。
フィンランドやデンマーク、英国、フランス、ドイツ、中国、インド、台湾、米国、それから日本という、世界中の多様な地域とタイムゾーンに散らばるチームが、一丸となって素晴らしい成果を上げています。
もちろん、当社のほとんどの社員は、英語でコミュニケーションできる能力が必要になっています。
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