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“Japanese English”という発想(前編)「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論 ―番外編―(3/4 ページ)

「自分は英語が話せない」――。皆さんがそう思うときは、多かれ少なかれ米国英語/英国英語を思い浮かべているはずです。ですが、「英語」とは米国英語/英国英語だけではありません。英語は、世界中の国の数だけあるのです。もちろん日本にもあって、それは“Japanese English(日本英語)”に他なりません。そして、このJapanese Englishは、英米の2カ国を除けば概ね通じるものなのです。

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非ネイティブ同士の会話は盛り上がる

 ジェスチャー(と執念と熱意)だけで、工業製品のクオリティコントロールを実現できるエンジニア達に、いわゆるTOEICのような英語は必要ありません。そんなものは、なくてもよいのです。というか、ない方がよいのです。

 また、以前お話しましたが、英語を母国語とする人口は世界の5%にすぎません(TOEICを斬る(後編) 〜“TOPIC”のススメ〜)。非英語圏は世界の95%で、このコラムの主な読者の皆さんの主戦場は、(原則)非英語圏である人口45億人を擁するアジア圏であると思われます。

 アジアであれば、世界最大の人口を有する国の言語、中国語の履修が最もメリットがありそうに思えるのですが、母国語を共通言語とされてしまうと、前述した米国・英国と同じ話になってしまいますので、ここは英語を世界共通言語のままにしておく方が、我が国には有益でしょう。


英語を母国語とする人口は、世界人口の5%にすぎない

 では、米国と英国で通じない英語をどうするか。

 この2カ国の方との会話によるコミュニケーションは諦めてしまえばよいのです。

 この国の言語の会話に合わせようとするから、「会話」を目的とした日本の英語教育はことごとく失敗するのです。

 私はいまだに、“R”と“L”の発音の違いを、病的に気にする人(英語教師に多い)の気持ちが分かりません。その単語が通じなかったら、別の単語で言い直せば済むだけのことですし、ホワイトボードにその単語の綴りを書く、または、簡単な線画を描けば、それで事足ります。

 そもそも、第二外国語圏内では、単語の発音というもの自体が、もうデタラメでメチャクチャのカオスです ―― しかし、それでも通じるのです。


画像はイメージです

 英語を母国語としない者(いわゆる、非ネイティブ)同士の英語による会話というのは、それはもう、ビックリするくらい弾みますし、盛り上がります(お酒が入ると、さらにヒートアップします)。なぜなら、非ネイティブ同士は、文法も時制も踏みにじって、英単語というパーツを羅列するだけでコミュニケーションを図れるからです。

 私的な意見ですが、そこには「英語教育」に対する、怨念の共同体意識があるのではないかと考えています。

ESLの仲間たちの英語は“ムチャクチャ”だった

 さて、米国赴任中の話に戻します。

 嫁さんと私が、あのフォートコリンズという小さな街で、わずか2年間のESL(English Second Language school[英会話教室])で出会った仲間の出身国は、実に20カ国にも上ります。

 メキシコ人、スペイン人、韓国人、ブラジル人、インドネシア人、ヨルダン人、インド人、マレーシア人、ベトナム人、ポーランド人、サウジアラビア人、チュニジア人、ロシア人、フィリピン人、ペルー人、コスタリカ人、ポーランド人、カナダ人、そして日本人。さらに、その中には、亡命予定の中国人などの、特殊な事情を持った人々も含まれていました。

 ESLで驚かされることは、多くの外国の学生たちが威風堂々と英語をしゃべることです。

 その内容は時として、拙く、思慮の足りない、青くさい理想論であったりもしますが、彼らの多くは、与えられた時間の限りを尽くして自分の主張を英語で述べます。

 日本人である私は、必ずしも自己主張そのものが、正しい振る舞いであるとは思いませんが(実際、アホな主張には腹が立つ)、その姿勢に圧倒され、感動しました。

 そして、私が本当に感動したのは、彼らのしゃべる英語が、それはもう見事なくらい、

デタラメな文法、メチャクチャな発音

から構成されていたことにあります。

 彼らは、時として英語そのものを習得することよりも、自分の考えを他人に理解させようとすることにおいて、情熱的であり、狂気といえるようなすさまじさを発揮することもありました。

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