MRAMの記憶素子「磁気トンネル接合」:福田昭のストレージ通信(29) 次世代メモリ、STT-MRAMの基礎(7)(3/3 ページ)
今回は、磁気トンネル接合素子に焦点を当てる。磁気トンネル接合素子においてどのように2値のデータを保持できるのか、その仕組みを解説したい。
エネルギーバンドが電子スピンの違いで分裂
ここで磁気トンネル接合(MTJ)素子に、自由層から固定層に向かって電流を流すことを考えよう。電子の流れは電流とは反対の方向、すなわち固定層から自由層の方向となる。
自由層の磁化の向きによって抵抗値が違う現象は、エネルギーバンドによって説明される。強磁性体では常磁性体(通常の金属)とは異なり、電子スピンの違いによってエネルギーバンドが分裂する。
エネルギーバンド図では例えば、上向きの電子の状態密度を左側、下向きの電子の状態密度を右側にレイアウトする。仮に上向きの電子の状態密度が多く、下向きの電子の状態密度が少なければ、全体としては上向きの電子で磁化された、上向きの磁気モーメントを持つ強磁性体となる。
磁気トンネル接合(MTJ)を通過する電子は、スピンの状態を保持する。固定層の磁化が上記の仮定と同じ状態であるとしよう。電子の通過先である自由層の磁化が固定層の磁化と同じ(平行状態の)場合、自由層でも上向きの電子の状態密度が多数のエネルギーバンド状態である。従って固定層の多数の上向き電子が自由層の多数の上向き電子へと移動する。すなわち、電気抵抗値は低く抑えられる。
これに対して自由層の磁化が固定層と反対向き(反平行状態)の場合、自由層では下向きの電子が多数を占める。上向きの電子の状態密度は少ない。しかし固定層で多数を占めるのは上向きの電子であるので、自由層に移動できる電子の数はわずか(主に下向き電子のみ)になってしまう。すなわち、電気抵抗値が高くなる。
トンネル接合電流をエネルギーバンドで説明した図面。絶縁層を挟んで左が固定層、右が自由層のエネルギーバンド。左側の図面は平行状態のエネルギーバンド。固定層と自由層でともに状態密度の多い上向き電子が主なトンネル電流となり、大きな電流が流れるので抵抗値が低い。右側の図面は反平行状態のエネルギーバンド。主にトンネル電流となるのは、固定層では少数の下向き電子である。このため電流はわずかしか流れず、抵抗値は高い(クリックで拡大) 出典:CNRS
(次回に続く)
⇒「福田昭のストレージ通信」連載バックナンバー一覧
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- STT-MRAMの基礎――情報の蓄積に磁気を使う
次世代不揮発メモリの候補の1つに、STT-MRAM(スピン注入磁化反転型磁気メモリ)がある。データの読み書きが高速で、書き換え可能回数も多い。今回から始まるシリーズでは、STT-MRAMの基本動作やSTT-MRAが求められている理由を、「IEDM2015」の講演内容に沿って説明していこう。 - 磁気センサーの“異端児”がウェアラブルを変える
超高感度磁気センサーの開発を手掛けるマグネデザインが、まったく新しい原理を採用した磁気センサー「GSR(GHz-Spin-Rotation)センサー」を開発した。現在最も普及している半導体センサーに比べて50倍の感度を実現している。 - IBM、3ビット/セルのPCMの研究成果を発表
IBMチューリッヒ研究所が、3ビット/セルのPCM(相変化メモリ)の研究成果を、パリで開催された「IEEE International Memory Workshop(IMW 2016)」で発表した。 - 0.03μm2のSRAMから最先端のIII-V族FinFETまで
米国ハワイで2016年6月13〜16日に開催される「VLSI Symposia on VLSI Technology and Circuits(以下、VLSIシンポジウム)」は、最先端の半導体デバイス/回路技術が一堂に会する国際会議だ。VLSIシンポジウムを実行するVLSIシンポジウム委員会は4月20日、都内で記者説明会を開催し、同イベントの概要と注目論文を紹介した。