データは語る、鉄道飛び込みの不気味な実態:世界を「数字」で回してみよう(35) 人身事故(11/11 ページ)
「鉄道を使った飛び込み自殺」が減らないのなら、いかにしてそれを避けるか、というのが重要になります。そこで「ビッグデータ手動解析」と「人間知能“EBATA”」を駆使して、人身事故から逃れる方法を検証してみました。ところがその先には、がく然とする結果が待っていたのです。
「お前たちを殺しに行くのは私たちだ」
「江端さん、このデータは正確なんですよね」
開口一番、携帯電話の受話器からは、訝(いぶか)しがる声が聞こえてきました。
江端:「そう言うだろうと思った。今回はプログラムは一切使わず、国土交通省さんから提供してもらったExcel(スプレッドシートプログラム)のデータを、Excel自前の関数だけを使って編集した*)」
*)マクロプログラムすら使わなかった
後輩:「関数の使い方が間違っている可能性は?」
江端:「関数のパラメータを変化させてみて、予想通りの方向に値を変化することも確認した」
後輩:「ふーむ、ではデータ解析は適正であったとして、話を進めましょうか」
江端:「ま、気持ちは分かるけどね。自分でも『なんだ、こりゃ!?』と思ったくらいだから。後は、国土交通省か、マイクロソフト社でも、どこでも存分に疑ってくれ」
後輩:「しかし、全体として感覚的には理解できますよ。暑くなる(7月)なると『飛び込み』たくなりませんか?」
江端:「ならない」
後輩:「まあ、江端さんのように、知識だけは山のようにあっても、人間の心の闇に1mmも近づけないような人間には、到底理解できないでしょうが」
江端:「人を情緒欠陥人間みたいに言うな」
後輩:「朝5時に『飛び込み』が多いのも理解できますよ。これ、間違いなくほとんど男性ですよ」
江端:「なんで、そんなこと分かるんだ?」
後輩:「男は、『ええかっこうしい』したがるからですよ。人がたくさん集まっているラッシュ時に、人に見られることを『恥ずかしい』と思うからですよ」
江端:「まあ、仮説としてはありえるかな。えっと、国土交通省のデータに性別のカラム、あったかな。後で元データを調べてみる」
後輩:「そもそも、データのパラメータが少な過ぎますよ。年齢、職業、未婚・既婚、家族構成、出身地、6月の異動の事例の有無程度のこと分からんのですか。『飛び込みの7月』仮説は作れても、そのデータがないと検証できないじゃないですか」
江端:「……お前、それ、"ビッグデータ"でも"人工知能"でも使われてきた、定番のお約束フレーズだぞ」
後輩:「何ですか、それ?」
江端:「『完璧なデータ解析はできるし、人工知能だって作れる。しかし◯◯が足りないし、△△が欠けている。だから今はできない。でも、将来は可能となる』」
後輩:「その定番フレーズの乱用については完全に同意です。そもそも、『知能』が現状の計算機アーキテクチャで実現できるなどという発想自体が……
(20分経過)
そんなことは、どうでもいいんですよ、江端さん。本論に戻りますよ」
江端:「……」
後輩:「今回、私が心底あきれたことは、『江端さんのうつ病についての定見のなさ』ですよ。本当に江端さんってば、知っていることしか知りませんよね」
江端:「そりゃ、そうだが」
後輩:「うつ病が『理由一切不用で、死にたくなる病気』であることなんざ、人類の常識でしょう? 何を、さも自分が発見したかのように、エラそうに書いているんですか。分かっていますか? 江端さん、自分の無知をさらしているんですよ。管理職として、一体どういう教育を受けてきたんですか。その会社の名前を聞き出したいくらいですよ」
江端:「いや、管理者としては『うつ病』に関する教育は、十分に受けてきたよ。ただ、立ち位置が違うんだ」
後輩:「?」
江端:「『うつ病になった部下への対処方法』は、相当しっかり教え込まれているんだけど、『うつ病になった自分』に関する教育はされていないんだよ」
後輩:「え、ウソでしょう? 私、入社時の教育の時、『うつ病は、自分では制御できなくなる病気だ』と、相当しつこく教え込まれてきましたよ」
江端:「私が入社したころは、『うつ病→精神疾患→終了』という、その程度の社会認識しかなく、『発病はその人の体質や気質によるもの』というくらいの、乱暴な理解しかなかったんだよ*)」
*)嫁さんにも確認したところ「その当時の認識はその程度だった」と言っていました。
後輩:「なるほど、うつ病と長時間労働との明々白々の因果関係とかも、全然知らなかった、と。なるほど『月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない』とかほざくアホな大学教授と、江端さんは、本質的には一緒だ、と」
江端:「ちょっと、そのまとめ方は、乱暴すぎると思うが ―― だが、今回、私が、ここまでこれだけ調べて、ようやく、その『当たり前』にたどりついたとすれば ―― 口では何と言おうとも、私たち以上の世代の人間が、そのアホな大学教授と本質的に一緒かもしれないことは、心にとどめておかないとまずいかもしれないぞ」
後輩:「そうですよ、しっかりしてくださいね。江端さん、一応、主任なんですから」
江端:「違う、違う。心にとどめておかないとまずいのは、お前たちの方だよ」
後輩:「はい?」
江端:「『お前たちを殺しに行くのは、私たちだ』 ―― ということだよ」
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Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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