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現場の「見える化」だけでは不十分、必要なのは「言える化」だ“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(10)(3/3 ページ)

須藤たちが進めようとしている社内改革プロジェクトの目的は2つだ。まずは「エバ機不正を解明すること」。そして「企業風土を改善すること」。プロジェクトを手伝うTコンサルは、組織として問題を顕在化することが重要だと説く。つまり、よく言われる「見える化」とともに、問題を指摘できる「言える化」も鍵になるのだ。

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「見える化」と「言える化」

 Tコンサルの杉谷と若菜が考えているやり方の根本は「ハードとソフトを同時に進める」であった。図2における右上の「ハード+ソフト」の領域だ。今回の不正は、社内ではつかめず、よりによって、大事なフィールドエバレーション中の客先で発覚した。なぜ、社内で把握できなかったのだろうか? 社外に出てしまう前に問題を発見していれば、こんな事態にまでは発展しなかったかもしれない。だが、いくら問題を発見できたとしても、社員の誰もが口を閉ざしてしまったらどうだろう。

 「本当のことを言ったら自分に不利益を被る」と分かっていたら、自分の身がかわいくなるのは、心情的には理解できることだ。組織の理屈や正義よりも、己の損得を優先してしまい、“見て見ぬふり”をするかもしれない。真実を話してくれないかもしれない。そうなれば、真相はいつまでたっても分からないままだ。そして、これは、プロジェクトの2つ目の焦点にもなっている、企業体質や組織風土そのものである。

 なぜ、業務プロセスに着目しているかは次回以降、順を追って皆さんにはお伝えしていくので、ここでは話を先に進めよう。

 杉谷と若菜は、これまでの豊富な企業コンサルティングの経験や知識から、「組織において問題が顕在化しないメカニズム」を分かっており、湘エレの場合も同様のメカニズムが働いていると推測していた。須藤に図4のようなチャートを示した。


図4:「見える化」と「言える化」

杉谷:「“見える化”って聞いたことがあるでしょう? 図4は、見える化の原点ともいわれるトヨタ生産方式(TPS)を模式化したものです。製造業では、現場の改善活動にTPSに取組んでいるところもよくありますよね」

須藤:「はい、当社の製造部もTPSの他に5SやQC活動などやっているので、見える化は知っています。TPSだとアンドンやカンバン方式など古典的なものも見える化ですよね」

杉谷:「そう。この図で大事なことは“伝達”です。つまり、誰かと話をすることです。しかし、それだけでは実は機能しません」

須藤:「……と言うと!?」

若菜:「図4の下半分は、“伝達”と“行動”をさらに細かく分解したものですが、ここでは“伝達”のみに注目してください。“コミュニケーション”と“共有”の2つに分かれているでしょう。さらに、その次には“(組織として)問題の顕在化”と示しています」

杉谷:「大事なことは“問題の顕在化”なんですよ。例えば、問題は見えていた。湘エレの場合、現場の社員は不正が行われたことを知っていた。しかし、“共有”をしない。つまり、誰にも言わなかったらどうなります? 会社という組織としては、これっぽっちも問題が発見できていなかったことになります。もう一度言いますが、大事なことは“(組織としての)問題の顕在化”です」

若菜:「コミュニケーションと言ってもただ話せばいいというものではありません。発見した問題をあるがままに他の人に伝える。会社であれば、その相手は同僚や上司になるでしょう。けれども、ここで問題なのは、“おかしいことをおかしいと言えない組織”では、言わないのではなく、言えなくなることなのです。『言えない』『言ったら怒られる』『責任を取らされる』といったことを恐れるからです」

杉谷:「最近、世間でも企業不祥事が相次いでいますが(第1回参照)、原因はどれも大差ありません。現場はずっと前から知っていたんです。もちろん、経営陣ぐるみで行われる粉飾決算などもってのほかですが、製品の品質やデータの偽装は、多くの場合、現場は知っていました。

 でも、組織としてはそれを問題として認識していなかった。このことの方がはるかに問題で、重い責任が問われるものです。われわれは、これを“見える化”と対比させて“言える化”と呼んでいます。見える化で問題解決を言う人がいますが、言える化が醸成されるような組織風土でないと、問題は必ず再発します。見える化と言える化は車の両輪なのです」

若菜:「まさに湘エレのプロジェクトが取り組もうとしていること、そのものですよね」

 「そうだ……その通りだ」と、須藤は思った。今までうちの会社は何をやっていたんだろう。一見、仲良く見える社員同士でも本音で話はしていない。誰かが決めたことに従うことが、社内で波風を立てずに生きていく術であり、その結果、本来ならば大問題であるはずの事にも、きちんと向き合おうとしてこなかった。声の大きい人の意見に従うことが全てで、意思決定の判断基準など無いに等しかった。

 悩んでいた須藤であったが、業務プロセスがキーになるらしい、ハードとソフトをつなぐと言っていたっけな、「言える化」は実に的を射ている……などなど、2人から受けたアドバイスにより、悩みが少し解消された気がした。


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Profile

世古雅人(せこ まさひと)

工学部電子通信工学科を卒業後、1987年に電子計測器メーカーに入社、光通信用電子計測器のハードウェア設計開発に従事する。1988年より2年間、通商産業省(現 経済産業省)管轄の研究機関にて光デバイスの基礎研究に携わり、延べ13年を開発設計と研究開発の現場で過ごす。その後、組織・業務コンサルティング会社や上場企業の経営企画業務や、開発・技術部門の“現場上がり”の経験や知識を生かしたコンサルティング業務に従事。

2009年5月に株式会社カレンコンサルティングを設立。現場の自主性を重視した「プロセス共有型」のコンサルティングスタイルを提唱。2012年からEE Times Japanにて『いまどきエンジニアの育て方』『”AI”はどこへ行った?』『勝ち抜くための組織づくりと製品アーキテクチャ』などのコラムを連載。書籍に、『上流モデリングによる業務改善手法入門(技術評論社)』、コラム記事をまとめた『いまどきエンジニアの育て方(C&R研究所)』がある。


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