産総研、「世界最高」の磁場中臨界電流密度実現:臨界電流値は360A超
産業技術総合研究所(産総研)は成蹊大学などと共同で、低コストの高温超電導線材を用いて、世界最高水準の磁場中臨界電流密度を実現した。
より安価な線材で、磁場中でも高い特性を維持
産業技術総合研究所(産総研)省エネルギー研究部門の和泉輝郎主任研究員は2017年4月、昭和電線ケーブルシステム技術開発センター超電導応用製品開発グループの小泉勉氏らおよび成蹊大学大学院理工学研究科の三浦正志教授と共同で、低コストの高温超電導線材を用いて、世界最高水準の磁場中臨界電流密度を実現したと発表した。
研究グループはこれまで、プロセスコストが比較的安価な溶液塗布熱分解法を用いて、イットリウム系酸化物による高性能な長尺超電導線材を開発してきた。すでにこの方法を用いて、超電導層の中に直径数十ナノメートルの人工ピン止め点(BaZrO3)を均一に分散させることに成功している。ただ、気相法などを用いた高性能線材に比べるとまだ超電導特性は低く、特性の向上に取り組んできた。
研究グループは今回、イットリウム系酸化物超電導線材で、超電導層の中に分散させる人工ピン止め点を、さらに微細化することによって臨界電流密度を向上させたという。
溶液塗布熱分解法は、イットリウム塩やガドリウム塩、バリウム塩、銅塩、人工ピン材料などからなる原料溶液を基板に塗布し、熱処理を行って超電導層を形成する方法である。基板に塗布と熱処理を繰り返す「マルチコート」と呼ぶ工程で、今回は一度に塗布する膜厚を30nmに抑えた。これまでは1回当たりの膜厚が150nm以上になっていたという。
これにより、形成される超電導層中の人工ピン止め点は、従来の約20nmに対して、今回は約10〜13nmまで微細化することができた。この結果、液体窒素温度(65K)で磁場3テスラにおける臨界電流密度は、1cm2当たり約100万Aから160万Aに向上した。
研究グループはさらに、この基本原理をベースに人工ピン止め点材料の選択と高濃度化を行った。これにより、液体窒素温度で3テスラにおける臨界電流密度は、1cm2当たり最高で400万Aを達成したという。この値は、「現時点でイットリウム系酸化物超電導線材の世界最高値」と主張する。臨界電流値は360Aを超えた。
研究グループは、性能向上のための技術開発と並行して、実際の製造プロセスに適用できるかどうかを確認するため、基本原理検証時と同じ条件で試験を行った。具体的には、マルチコート工程を連続塗布熱処理法で行い、その後バッチ式熱処理によって超電導層を形成した。これによって長さ5mの線材を作製した。この線材を評価したところ、基本原理検証時とほぼ同等の臨界電流密度を確認することができたという。
今回の研究成果については、モーターや発電機などの省エネ産業用機器、MRIや重粒子線加速器といった医療機器の超電導磁石へ応用するため、昭和電線ケーブルシステムが製品化を予定している。産総研と成蹊大学は引き続き高性能化に向けた技術開発に取り組んでいく計画である。
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