外交する人工知能 〜 理想的な国境を、超空間の中に作る:Over the AI ―― AIの向こう側に(10)(9/9 ページ)
今回取り上げる人工知能技術は、「サポートベクターマシン(SVM)」です。サポートベクターマシンがどんな技術なのかは、国境問題を使って考えると実に分かりやすくなります。そこで、「江端がお隣の半島に亡命した場合、“北”と“南”のどちらの国民になるのか」という想定の下、サポートベクターマシンを解説してみます。
今回のまとめ
それでは、今回のコラムの内容をまとめてみたいと思います。
【1】今回の前半は「AIが私たちの仕事を奪う」という、お決まりの定番フレーズではなく、「これまで、PCは私たちの仕事を奪ってきたか」というフレーズに変更して、検討を行いました。
【2】その結果、PCおよびその派生物やサービス(以下、PC等という)によって、間違いなくいくつかの職業が消滅させられてきたという事実を明らかにしました。また、ここ30年間の間に、PC等が、職業の人口の減少の要因になったと推認されるデータを開示しました。
【3】しかし、その一方、PC等によって、生産性が向上していると考えられる分野もあり、「PCは私たちの仕事を奪ってきた」が、同時に「PCは私たちに仕事を与えてきた」ともいえることが分かりました。
【4】後半においては、パターン認識を得意とする、教師であり機械学習のAI技術である「サポートベクターマシン」について、「半島<南><北>国境外交問題」という設定を作って、その解説を行いました。
【5】サポートベクターマシンが、「マージン空間」という認識対象を区分する技術と、「カーネルトリック」という高次元空間を使った解空間を拡大する技術を使って、少ない計算量で、精度の高い認識を実現していることも、併せて説明致しました。
以上です。
学生時代、私はニューラルネットワークの学習機能がうまく働かずに、卒業論文提出前に、胃をキリキリと痛めていた、という苦い経験があります。それは、やっぱりニューラルネットワークが「実際に動かしてみるまで、きちんと動いてくれるかどうかが分からん」という性質に因るところが大きかったです。
たとえ、うまく動いていなくても、その原因さえ分かれば、対応が可能なのですが、ニューラルネットワークの場合、「私の設計が悪い」のか、「適用対象との相性が悪い」のか、「データの性質が悪い」のか、「学習回数が悪い(少なすぎる等)」のかが、全然分からなくて ―― ともあれ、あの暗中模索の恐怖は、今なお、私のトラウマとなっております。
ですから、私個人に関して、ニューラルネットワークの話は「暗黙的な負のバイアス」がかかっているのだろうと思っています。だからこそ、今、私は自分に言いきかせています。
―― 自制しなければならない
と。
私は、かつて自分が失敗した手段を使って、誰か(特に若手の研究員)が成功したのを聞くと、素直に喜んでやることができない ―― というか、どうしても「ケチ」をつけたくなってしまう ―― のです。
「それは、私が踏んだ轍(てつ)を、踏んで欲しくない」という熱い思いが溢れて ―― ということも、全くのうそではないとは思うのですが、多分、それは自分に対する言い訳であって、その根っこは、
―― (他人の成功は)面白くない
のひとことに尽きると、自己分析しております。
思い返せば、私も、若手研究員だったこと「なんで上司たちは、私のやることなすこと、なんでもかんでもケチをつけてくるのだろう?」と不思議に思っていた時期があります。
『うまくいっているのに、一体何が問題なのだろう』と思っていましたし、『別に褒めてくれとは言っていないし、放っておいてくれても構わない。それなのに、ケチをつけに、向こうからわざわざやってくるのはなぜだろう』と不思議に思っていました。
ですから、上記の私の独白は、覚えておいて損はありません。
若手研究員やエンジニアの皆さんは、シニアのケチ……もといアドバイスを、深刻に受けとらずに、しかし、真剣に聞いているフリをして(これ大切です)、そして、すぐに忘れてしまいましょう。
⇒「Over the AI ――AIの向こう側に」⇒連載バックナンバー
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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