主流になり得た技術、わずかな開発の遅れが命取りに:イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(16)(1/2 ページ)
分野によっては、技術が確立されるには、長い年月が必要になる。その一方で、わずかな開発の遅れが命取りとなり、ビジネスのチャンスを逃してしまうケースがあるのもまた、事実なのである。
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光ディスクの技術を開発していた、今は存在しないメーカー
2014年3月、パナソニックとソニーが、光ディスク1枚当たり300Gバイトを実現する業務用次世代光ディスク規格「Archival Disc(アーカイバル・ディスク)」を策定したと発表し、大きな話題を呼んだ(関連記事:“BD”の次は“AD”――パナとソニーが次世代光ディスク規格「Archival Disc」策定)。2016年8月には、同規格を採用した光ディスクの第2世代モデルが発売されている。
今回は、光ディスクにまつわるエピソードを紹介したい。
主役となるのは、1994年に設立され、今はもう存在しない企業Calimetricsだ。創立者はTerrence Wong氏、Michael O'Neill氏、Thomas Burke氏の3人である。Wong氏とO'Neill氏が米国カリフォルニア大学バークレー校(UC Barkeley)で開発した光ディスクの技術をベースに設立された。
ピットの深さを制御する「PDM」
その技術というのが、光ディスクの記憶容量を増加させる「PDM(Pit Depth Modulation)」だ。通常の光ディスクは一定の深さ(0.1μm程度)のピットの長・短の列を書き込むことによって情報を記憶させる。PDMでは、ピットの深さを一定ではなく、幾つかのレベルにして、深さを変化させることで、1つのデータセルに数ビットのデータを記憶させることができるようになる。
例えば深さを8段階(8レベル)とすると、log28=3で、3ビットのデータを記憶できる。このPDMによって、1枚のディスクに収まるデータ量が増加し、転送速度も高速になる。ビジネスとしては、PDMを「マルチレベルレコーディング(ML:MultiLevel recording)」(参照:外部サイト)としてブランディングし、2Gバイトの光ディスク(CD-ROM)を開発しようとしていた。
Calimetricsが創立された経緯について、もう少し触れよう。PDMを開発したWong氏とO'Neill氏は、生粋のサイエンティストである。彼らはPDMをビジネスにすべく会社を設立したかったが、何せそちらの方の知識はまったくといっていいほどない。そこでWong氏が米プリンストン大学の同級生だったBurke氏に電話をかけ、ビジネスプランの作成を手伝ってほしいと依頼した。Burke氏はプリンストン大学を卒業して米ハーバード大学のビジネススクールに進み、その後経営コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーのニューヨーク事務所に勤務していた。
当初、週末などを使ってビジネスプランの作成を手伝っていたBurke氏だったが、そのうちにWong氏とO'Neill氏の起業アイデアにのめり込んでいった。そこでWong氏が、CalimetricsにBurke氏を誘い、結局はBurke氏が同社の社長となったのである。
そのころ筆者は、前回でも少し紹介したように、米国やカナダのベンチャー企業が日本企業と戦略的提携を結ぶにはどうすればいいか、という講演を、数多く行っていた。ある時、シリコンバレーでの講演が終わった後に、日本企業と提携したいと声をかけてきたのがBurke氏だった。「光ディスクの技術や規格化に日本企業が積極的に取り組んでいるので、ぜひ日本のメーカーと提携したい」とBurke氏は熱心に語ってくれた。それが縁となり、筆者が代表を務めるAZCAは、1996年からCalimetricsのアドバイザーを務めることになった。
前回紹介したBallard同様、提携先を求めて日本中の企業をくまなく当たったところ、タイミングがよかったのか、さまざまな企業がCalimetricsの技術に興味を持ってくれた。例えばTDK、三菱化学、旧三洋半導体(米ON Semiconductorが買収)、旧松下寿電子工業(現パナソニック ヘルスケア)など、そうそうたるメンツである。そして、これらの会社にティアック、ヤマハ、Verbatimなどが加わり、2000年には「ML Alliance」を形成するに至った。
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