主流になり得た技術、わずかな開発の遅れが命取りに:イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(16)(2/2 ページ)
分野によっては、技術が確立されるには、長い年月が必要になる。その一方で、わずかな開発の遅れが命取りとなり、ビジネスのチャンスを逃してしまうケースがあるのもまた、事実なのである。
進まぬ開発
さて、多くの企業が興味を持ってくれたまではよかったが、そこから先に困難が待ち受けていた。Calimetricsは、PDMを採用した光ディスクの試作品は作れても、商用化レベルのものをなかなか完成させられずにいたのである。PDMのアイデアはよくても、ピットの深さはマイクロミリメートルオーダーであり、それを複数の層に分けて制御することは極めて難しかった。そのため、開発がなかなか思うように進まなかった。
Calimetricsの末路
ちょうどそのころ、光ディスク業界では、DVDの規格を標準化する動きが始まっていた(DVDがなかった時代など信じられない若い読者の皆さんもいるかもしれないが……)。1995年には「DVDコンソーシアム」が発足し、現在のDVD規格を策定した。このコンソーシアムは1997年に「DVDフォーラム」に改組している。AZCAは、DVDの新しい規格にCalimetricsのPDMを採用してもらおうと、随分働きかけたものだ。
だが、「商用化レベルのものがなかなかできない」というのが、やはりネックになった。開発は、計画よりも既に半年以上遅れており、その間に資金も、日本メーカーからの支援も、なくなってきてしまった。
最終的に、Calimetricsの特許は2003年にLSI Logicに売却され、2004年には事業を解消した。
DVDなどの光ディスクの標準規格になり得た技術であるPDMだったが、開発がほんの半年遅れたことで、そのチャンスを逃してしまった。
ただし、見方を変えると、PDMがどれほど面白い技術でも、“モノ”にするにはあまりにも難し過ぎたという考え方もできる。つまり、“技術の素質”は決してよいとは、言えなかったのかもしれない。前回のBallardでの教訓は「分野によっては、技術が確立されるには、長い年月が必要になる」であったが、その一方で、「技術の素質を見極めなければ、開発の遅れにつながり、ひいてはビジネスチャンスを逃すことにもなり得る」という、Calimetricsから得られる教訓もまた、心に留めておくべきなのだろう。
なお、“技術の素質”については、また別に面白いエピソードがあるので、いずれ本連載でご紹介するつもりだ。
O'Neill氏との再会
さて、このエピソードにはちょっと面白い後日談があるので、ぜひ紹介したい。事業を解消した後、Calimetricsのチームも解散した。Wong氏は法律事務所で働くなど、それぞれの道を歩んでいたが、しばらくしてO'Neill氏との音信は途絶えてしまった。
ところが、それからずいぶんたって、何と筆者はO'Neill氏と再会することになる。彼は引退してハワイで暮らしていると聞いていたのだが、実はそのハワイを拠点にするスタートアップTruTag Technologies(以下、TruTag)のCTO(最高技術責任者)になっていた。
TruTagの共同創設者兼会長であるHank C.K. Wuh氏と知り合いである筆者は、Wuh氏を通じてO'Neill氏と再会を果たすこととなった。世間というのは、本当に狭いものである。
なお、TruTagは大変興味深い技術を手掛けているスタートアップなので、それについてはぜひ「偽造ICを判別できる“魔法の粉”、その正体は?」をお読みいただきたい。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
Profile
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーにAZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。
米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。
AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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