新開発の加速器で、がん治療装置の小型化に期待:米国立研究所が試作機を作成
米国立研究所が、新しい加速器の開発に成功した。この加速器を使うと、がんの粒子線治療用装置のガントリーの重さを、現在の約50トンから1トンにまで小型化できるとの期待が高まっている。
50トンのガントリーが1トンに
既存の粒子加速器は、長さが数キロメートルにも及び、がんの治療で使われているものでも重量が50トンある。米国のブルックヘブン国立研究所(Brookhaven National Lab)は今回、軽量でテーブルの天板ほどのサイズの加速器の試作品を作成することに成功し、テストも実施した。この加速器は、3Dプリンタで作成したビームフレームを使用して、安価な固定磁石を支え、新型ソフトウェアで磁界を微調整することにより、1つのビームパイプに複数のビームを通すことが可能だという。
ブルックヘブン国立研究所の研究グループは、1800万〜7000万電子ボルトのエネルギーを備えた5本のビームを、円弧状に形成された試作品の中に通すというコンセプトを実証した(図を参照)。
ビームは直径約5cmのビームパイプを通って個別の経路で進み、物理研究や医療などの用途向けにそれぞれ用意された加速器から出る。ブルックヘブン国立研究所の物理学者であるDejan Trbojevic氏は、がんの治療で使用する粒子線治療装置のガントリーの設計に関する特許をいくつか保有しており、「今回の新型加速器が実現すれば、50トンもあるガントリーの重量を、わずか1トンにまで軽量化することが可能だ」と述べている。
試作品は、長さが1.5mほどで、電子が通るパイプの周囲に、3Dプリンタで印刷した1つ目のフレームを配置し、その外側を2つ目の円形フレームで囲っている。鉄の棒が一式、外側のフレーム上のスロットに正確に差し込まれ、分離ビームを偏光させる。巧妙に配置された永久磁石が、各円形フレーム内のさまざまな場所で、その強度を変化させるという。
今回のプロジェクトでリードアーキテクトを務める物理学者Stephen Brooks氏は、加速器のビーム偏光を微調整することが可能なソフトウェアを開発した。既存の加速器でこのような微調整を行うには、電磁石を正確に制御する必要があるが、ブルックヘブン国立研究所は、それと同じ機能を、固定磁石を使うことでわずかな費用で実現することに成功した。今回の試作品をモデルとする加速器が実現すれば、各ビームに対する精密な電気的制御が不要になるため、製造や動作に必要なコストを安価に抑えられるようになる。
加速器をシングルループで接続することにより、これまで必要とされていた、特定のエネルギーレベル専用の複数のループを使わなくても、電子を徐々に高いエネルギーレベルへと加速させることが可能だ。この新しい構造は、特に腫瘍を破壊する際に役立つと考えられる。ループの一連のレベルによって、腫瘍の深部組織に従来よりも強い影響を及ぼすことができるため、腫瘍全体を破壊できると期待されている。
テーブルの天板ほどの大きさの加速器が実現すれば、研究者たちは自身の研究所に、ミュー粒子コライダーやニュートリノ工場、電子イオンコライダー(EIC)などの装置を導入できるようになる他、電磁気的に制御された大型コライダーを使用するための予約も不要になるため、物理研究の進歩が促進されることになるだろう。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
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