“技術以外”で勝負どころを見極める、デファクト・スタンダードの重要性:イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(19)(2/2 ページ)
技術メーカーにとって、ビジネスの勝負どころが、常に「技術そのもの」とは限らない。その一例が「デファクト・スタンダード」を目指すということである。
ウォルマートに直談判
大規模に導入してもらうことを想定した時にAlien Technologyの社内で検討されたのが、ウォルマートに直接掛け合うことだった。EPCglobalのGen 2のドラフトの8割がAlien Technologyの技術をベースにしていることを伝え、ウォルマートに家電などを納品しているメーカーに、RFIDを採用してもらうよう、働きかけたのである。
ウォルマートには当時、「ウォルマート100」などと呼ばれる、ウォルマートに製品を納品している代表的なメーカーやサプライヤーが存在した。ウォルマートが、これらの企業に対しAlien Technologyの電子タグ方式を採用することを義務付ければ、これら「ウォルマート100」の企業が全てAlien TechnologyのICタグを搭載することになり、Alien Technologyはまさに業界標準になる、という考えである。
結果的に、この戦略によって、Alien TechnologyのRFID技術はかなり浸透した。
当時、Alien Technologyは東レエンジニアリングの他にも、日本企業とパートナーシップを提携していた。それがトッパン・フォームズである。トッパン・フォームズは、RFIDのタグのアンテナを印刷で製造する技術を提供した。両社は非常に良好な関係を続けていた。
余談ではあるが、Alien Technologyの本社に行くと、ハリウッドから買ってきた宇宙人(=Alien:エイリアン)のロボットが2台置いてある。「Robby」と「Gort」というロボットで、右の画像は「Robby」だ(この画像は、Alien Technologyの本社に置いてあるものではない)。ちょっとシャレが利いていて、なかなかユニークである。
パートナーは日本から中国へ
Alien Technologyはその後も、RFID製品を市場に投入し続けていて、2012年には中国の大手IT企業であるDigital Chinaと業務提携し、2014年には、中国のShanghai Ruizhang Investmentから3500万米ドル、そして同じく中国のCenturyから7000万米ドルの投資を受けることを決定したと発表している。2017年3月には、UHF帯対応のパッシブRFIDリーダーアンテナを発表するなど、精力的に事業を行っているようだ。パートナーシップの相手は、日本から中国に大きく移っている。サプライチェーンでも、やはり中国の影響力が大きくなっているのは間違いない。
ユーザーを囲い込んで、デファクト・スタンダードを目指せ
筆者がAlien Technologyとの仕事を通して感じるのは、技術メーカーにとって、常に技術で勝負することが正解とは限らないということだ。もちろん、ビジネスをするには技術がしっかり確立されている必要はあるが、Alien Technologyがウォルマートにかけ合ったように、「戦いどころ」というのは、技術そのものではないことも多いのである。
特に「標準化」といった場合には利害関係が多く絡むので、Alien Technologyがビジネスを行う分野のように、標準化委員会を何度開いても話が前に進まないのは必然といえる。このような場合には、戦略的に多くのユーザーを他社に先んじて囲い込み、「デファクト・スタンダード」を確立してしまう方が得策といえるだろう。日本企業の技術でグローバル市場でデファクト・スタンダードになっているのは、いくつあるだろうか――。それに思いをはせると、少し寂しい気持ちになる。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
Profile
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーにAZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。
米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。
AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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