ベンチャー企業の“典型的な失敗”に学ぶ、成功への要素:イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜(20)(3/3 ページ)
今回は、これまで取り上げた北米のベンチャー企業のケーススタディーを振り返りつつ、ベンチャー企業の成功はどんな要素に左右されるのか、ということを考えてみたい。
“ソリューション”を売ることができない
(7)技術を売り物にし、ソリューションを売ろうとしない
今またブームが来ているAI(人工知能)が、これに当たると筆者は考えている。ご存じの方も多いと思うが、現在のAIは「第3次ブーム」である。特に最近は、「AIが小説を書いた」「AIを搭載した○○」といったように、現在のAI技術は実用に耐える以上の素晴らしい結果を出しつつあるが、過去2回のブームでは、AIが前面に押し出され、実力以上にアピールされる傾向があった。「AIでこんなことができます、いろんなことができます」とアピールするのだが、実際にAIが具体的なアプリケーションに使われた途端に、もう「AI」と呼ばなくてもよくなってしまうのが実情だ。わざわざ“AI搭載の○○”とは、うたわなくなるのである。
同じことは、ナノテク(ナノテクノロジー)にもいえる。シリコンバレーではNanosysやNanoGramといった、ナノテクを手掛けるベンチャーがある(NanoGramは帝人が2010年に買収し、子会社化した)。例えば、化粧品会社などと協業し、ナノテクを活用して化粧のりの良いメークアップ品を開発したとしても、商品として販売する時には、「ナノテクを使っています」とは恐らく言わないだろう。
ベンチャーによくあることだが、技術はあっても、ソリューションとして売ることが難しいのである。米国では「Technology looking for application(用途を探している技術)」ともいう。そして、ソリューションに結び付かない技術は、うまくいくことは難しい。技術は、“使ってもらってこそ”生きるからだ。
(8)アイデアは良かったが、技術的に無理があり製品化できない
これは、「厚き量産の壁、リソースの不足で花が開かなかった技術」で紹介した無機ELディスプレイが当てはまりそうだ。前出の(3)と重複するが、無機ELディスプレイの場合、液晶ディスプレイなどに比べると、開発研究にかけられるリソースがあまりにも少な過ぎたことも、発展が難しかった理由の1つだろうと思うが、それを差し引いてもやはり技術的に難しかったのだろう。Calimetricsの光ディスク技術もそうかもしれない。良いアイデアが、そのまま良い技術あるいは製品に結び付くとは限らないということを、あらためて考えさせられた例だ。
こう考えると、「日本のメーカーに救われたスイス発ベンチャー」で紹介したロジテックや、「創設12年で企業価値1200億円に、クボタの“多角化”を促したベンチャー」で取り上げたMycogen、「MIPSコンピュータをめぐる栄枯盛衰」のMIPS Technologiesなどは、うまくいった事例といえるだろう(MIPSは、現在は苦しい状況に置かれているが……)。
この3社は日本メーカーとの提携によってかなり救われており、日本をはじめ、アジアの企業などとも長期的な関係を築いていける術(すべ)を見つけている。さらに、事業の転換を図るピボットが、うまくいっている企業ともいえるだろう。
失敗のケースは比較的判断しやすいのだが、成功のケースについては「こういうスタートアップがうまくいく」と、ひと言で語ることは難しい。だが、アイデア、技術、開発計画、資金、他企業(自国、他国を問わず)とのパートナーシップなど、個々の要素のバランスがうまく取れていることが、成功する鍵の1つといえるだろう。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
Profile
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーにAZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。
米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。
AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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