官能の人工知能 〜深層学習を最も分かりやすく説明するパラダイム:Over the AI ―― AIの向こう側に(22)(10/10 ページ)
深層学習を正しく理解するのは困難を極めます。ですが、あるパラダイムで考えると、大変に分かりやすくなるのです。そのパラダイムとは、これまであらゆるテクノロジーの進化と発展をけん引してきたと言っても過言ではない、最も偉大なるコンテンツ――そう、「エロ」です。【追記あり】
今回のまとめ
それでは、今回のコラムの内容をまとめてみたいと思います。
【1】今回は、ニューラルネットワークの後半として。深層学習について説明しました。特に、前代未聞の挑戦として、深層学習を、「エロ本」や「BL」のパラダイムから解説することを試みてみました。
【2】深層学習に関するプレスの説明は、表層的であるばかりではなく、誤った情報を世間に散布しているという事実と、研究者による説明であっても深層学習を完璧に説明するものにはなっていないという事実を明らかにしました。同時に、深層学習を解説することが、恐ろしく難しいということを、私の体験談から述べました。
【3】深層学習を説明するに際して、教師ありタイプである「畳み込みニューラルネットワーク(CNN)」と、教師なしタイプである「自己符号化器(AE)」の2つを紹介し、「教師あり/なし」と「学習データのある/なし」が混同されている事実を指摘し、そもそも、学習データがないニューラルネットワークなど存在しないことを説明しました。
【4】CNNが、「超多層のニューラルネットワークの逆伝搬学習を行っているものではなく」、最終層を除けば、画像データの加工処理を行っているだけであることを解説しました。しかし、それでも入力層100ノードを超えるニューラルネットワークの学習成功率100%という、驚異の性能を発揮したことをご紹介しました。
さらに、CNNを、エロ本の写真の画像処理のパラダイムで考えると、極めて理解が進むことを、江端の体験から説明しました。
【5】AEは、とにかく特定の種類のデータ(「猫」「猫」「猫」「猫」「猫」「猫」「猫」「猫」……)を見せて、「猫」を見せるだけで興奮するネットワークを作ることであることを説明し、同じように、人間も後発的な学習によって「興奮」するメカニズムを作れるか否かについて、簡単な思考実験をしてみました。
【6】CNNもAEも、ニューラルネットワーク技術の弱点である逆伝搬学習を逆手にとって、その周辺技術を磨き上げることで、第3次AIブームを牽引するに足る素晴しい技術となったことを説明しました。しかし、それでもCNNもAEも今後の産業応用には、不安が残ることを述べました。
以上です。
以前、「ご主人様とメイドは、通信の設計図を数秒で書く」にも執筆しましたが、人類のライフスタイルを決定的に変えたイノベーション(活版印刷(かっぱんいんさつ)、写真、インターネットなど)が、エロによってけん引されたという事実は、よく知られています。
実際、私は、インターネットが「エロ」コンテンツによって ―― いや、正確に言うと「エロ」コンテンツだけで発展してきた経緯を、目の当たりにしてきた当事者です。
今回、私は、深層学習の雄である「畳み込みニューラルネットワーク(CNN)」の中に、「エロ」の基盤技術である「モザイク」が含まれていることを発見することができたのですが ――
このパラダイムにたどりついていた最初の一人が、「この私」であるハズがない
と思っています。
絶対に、私より先に、この考えに至った先行者はいたはずです。しかし、その先行者の方々が、その事実を、学会や研究会や論文で明示的に発表することはなかったのでしょう。みすみすキャリアをドブに捨てることもないでしょうから。
まあ、それはさておき。
この発想を、逆方向から考えてみると、「全てのAI技術は、人間の本質の1つである『エロ』を、運命的に含んでいる」と考えるのは、それほどムチャな仮説であるとは思えません。
これまで私は、この連載を22回に至って続けてきたわけですが、私の新仮説「AI技術には『エロ』が包含される」に言及したのは、今回が初めてで ―― そして、今、私は猛烈な悔悟の念に襲われています。
これまで連載してきた全てのAI技術を、「エロ」の観点から再検討すれば、AI技術の飛躍的発展に寄与する新しいパラダイムに至れたのではないかと思うのです ―― そして、その貴重なチャンスを、2年近く見逃してきたことに地団駄(じだんだ)を踏む思いです(しかし、担当Mはホッとしております……)。
ですが、寂しいことに、本連載もそろそろ最終回が近づいてまいりました。
「エロ」の観点からのAI技術の包括的な検討については、後人に託したいと思います。どうか私の思いを受けとり、この検討を行って欲しいと、強く希望しております。
では、次回より、最終章「Over the AI -- AIの向こう側の私たち」について、お話したいと思います。
本連載に、どうか最後までお付き合い頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。
追記(2018年6月5日午後12時55分)
読者の方から、本記事のCNNについての誤りがあり「深層学習の前段部においてもバックプロパケーション学習は行なわれている」とのご指摘をいただきました。
大変申し訳ありませんが、 今回の、CNNについての内容については、現時点では『江端がウソを記載しているかもしれない』と疑っていただきますようお願い致します。
これより、いろいろと調べまして(ソースコードを読むなど)、来月(2018年7月)にその結果についてご報告致します。 ご迷惑をおかけしますが、次回掲載をお待ちいただけますよう、よろしくお願い致します。
<江端智一>
⇒「Over the AI ――AIの向こう側に」⇒連載バックナンバー
Profile
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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