「就活」の在るべき姿を考える:大山聡の業界スコープ(9)(2/2 ページ)
経団連の「就活ルール」を巡る議論が起こっている。この議論は極めて興味深いもので、筆者としても「どうしても主張しておきたい」ことがある。単なる“就活”の問題だけではなく、日本の教育の在り方や企業の戦略も関わってくる話であり、今回はこのテーマについてさまざまな観点から考えてみたい。
「大量生産品の一つ」ではない
そもそも日本の学生にとって、就職対象となる企業の情報をどうやって入手するのか、どんな人材が求められていて、自分の向き不向きをどのように判断したら良いのか、最も重要な情報を入手する手段が現状ではないに等しい。企業側では、膨大な学生数のエントリーシートをチェックすることに忙殺され、「書類選考」ならぬ「大学名選考」で人数を絞ることが当たり前のように行われていると聞く。一人一人の学生の個性や考え方、職制の向き不向きなどに気を配る余裕などカケラもないはずだ。
学生を含め、われわれ人間は「大量生産品の一つ」ではない。にもかかわらず、およそ100万人の新卒候補者が1人当たり50通から100通のエントリーシートをほぼ同時期に提出し、経団連傘下の日系企業人事担当はのべ1億通に及ぶエントリーシートの選り分け作業を短期間に集中して行う。この実態を考えると「こんな意思の疎通もへったくれもないやり方が企業の未来を支える人事採用戦略か」と突っ込みたくなるのは筆者だけではないだろう。
お恥ずかしい話で恐縮だが、筆者はこれまで日系大手電機メーカー、外資系調査会社、外資系証券会社など7社を渡り歩き、8社目が自分で起業した会社、という転職歴なので、とりわけ「終身雇用」という単語には縁遠い立場にいる。だが、日系企業の中でも「終身雇用が当たり前」とはいえなくなっているのが実態だろう。つまり誰にでも転職の可能性があり、企業側も中途採用を当たり前のように受け入れる世の中になっているのだ。
でも新卒は別だ、彼らは社会人経験がないから、というのが大半の日系企業のスタンスなのだ。果たして新卒を別扱いにする必要が本当にあるのだろうか。特に大卒の22〜23歳を子供扱いにして、電話の取り方から名刺の渡し方まで時間をかけて強制的に研修する、というのはどうしてなのだろうか。
実は筆者も新卒時代はこのような研修を強制的に受けており、他の理系卒新人と一緒に3カ月に及ぶ技術研修も受けてから配属先を言い渡された。正直なところ「あんなに時間をかけてやるべき内容だったのかな」と当時から思っていたし、今では強く疑っている。少々痛烈な言い方だが、企業側のスタンスは「大学で何を学んできたか知らないが、どうせ実践では使い物にならないだろうから、イチから社会人ノウハウを教えてやる」という意識が必要以上に強いことが理由に思えてならない。筆者が新卒だったのは30年以上前のことだが、この状況は今も変わっていないと確信している。なぜなら、経団連中西会長と安倍首相の冒頭のコメントが現状を反映しているし、企業側にこれを変えるつもりがない限り、改善が起こるはずなどないのだ。
求められる企業と教育現場の連携
責任があるのは企業ばかりではない。大学における教育や研究の実態にも大きな問題があると言わざるを得ないのだ。筆者の時代に比べれば、今では産学協同プロジェクトもはるかに盛んに行われていると思うが、欧米諸国に比べればまだまだ不十分と言わざるを得ない。「社会で即戦力となる人材を送り出す」ことに関する積極性が見られないことは大きな問題である。企業側にもこの点を見透かされている、と言う気がしてならないのである。
またまたお恥ずかしい話で恐縮だが、筆者自身、勉学に熱心な学生生活を過ごした、とは言い難く、テキトーに遊んで無難に単位を取って、友人たちと同じようなタイミングで就活して、それで問題ないと思っていた。今になって「どこかのインターンシップに応募しても良かったかな」などと思うのだが、当時はそんな知恵も情報もなく、周囲にもそのような行動を起こしていた知人は見当たらない。
冒頭の問題解決のためには、企業と大学がもっと密に連携を取りながら、企業側の仕事内容の紹介や、一人一人の学生の特技や個性を生かせるような仕組み作りを積極的に行う必要があるだろう。外資系企業が活用しているインターンシップ制度は、有効な事例として日系企業各社にぜひ参考にしていただきたいものである。このような制度が根付くことで、企業と大学の連携も密度が濃くなる可能性があるし、少なくとも学生も企業ものべ1億通のエントリーシートに悩まされる問題からは解消されるはずである。「新入社員の効率的な大量生産」など、学生にとっても企業にとっても百害あって一利なし。安倍政権が長期化するのであれば、その程度は理解していただきたいものである。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現IHS Markit Technology)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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