光子から炭素へ量子テレポーテーション転写に成功:量子インターネット実現へ
横浜国立大学の小坂英男教授らは、量子テレポーテーションの原理を用い、量子メモリに光子の量子状態を転写することに成功した。大規模な量子インターネットの構築に必要な量子中継器などへの応用が期待される。
量子メモリに炭素を採用
横浜国立大学大学院工学研究院/先端科学高等研究院の小坂英男教授と同大学院理工学府博士課程前期の鶴本和也大学院生らは2019年6月、量子テレポーテーションの原理を用い、量子メモリに光子の量子状態を転写することに成功したと発表した。量子インターネットを構築するために必要となる量子中継器などへの応用が期待される。
通信/ネットワークシステムをサイバー攻撃などから守るため、絶対安全な通信を可能にする「量子暗号通信」の研究が進められている。ところが、100km以上の大規模ネットワークで量子暗号通信を行うには、量子的なインタフェースを備えた量子中継器が必要だという。
この量子中継器には、光子の量子状態を量子メモリに転写する技術や、問題なく転写できたことを知らせるための伝令機能が不可欠となる。小坂氏らの研究グループは今回、量子テレポーテーションの原理を用いて、これらを実現する手法を考案、実証実験を行った。成功した要因として研究グループは、「ゼロ磁場かつ5Kという低温環境で、光子が伝送した量子状態を量子メモリへ安全に転写したことと、量子メモリに炭素を採用したこと」を挙げた。
考案した手法は3ステップからなる。炭素と電子をもつれ状態に準備する「もつれ生成」、光子と電子がもつれ状態かどうかを測定する「もつれ測定」、この測定結果が、「もつれ状態」であった場合のみ、光子から炭素への転写が成功したと判断する、というステップだ。
この手法の大きな特長は、電子と光子のもつれだけを測定しているため、光子の量子状態を破壊せずに炭素へ転写できることだ。また、もつれ測定の結果が外部に漏れても、転写後の炭素の量子状態は特定できない。さらに、もつれ測定は、窒素空孔中心(NV中心)に内在する光子に対応した電子軌道と電子スピンのもつれ準位を活用し、そこに吸収されるか否かで判断している。このため、転写が成功したことを知らせる伝令信号を受け取ることが可能だという。
量子メモリに従来の窒素ではなく炭素を活用した点も、大きな成果だと強調する。炭素はNV中心にとってノイズ源となる可能性もあるが、集積性の点で炭素が優れているという。そこで研究グループは、不要となる窒素を偏極させて電子にとっての微小磁石とした。炭素はゼロ磁場のまま、電子だけに磁場を印加し、マイクロ波で操作しやすくする工夫をおこなった。この結果、電子を介して炭素を操作し、転写後は炭素の量子状態を安定に維持することが可能となった。
研究グループは今後、技術の精度を高め、量子暗号通信や量子中継などへの応用に取り組む。これらの成果を応用することで、絶対安全かつ大規模な量子インターネットの実現につながるとみている。
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