新興企業の成長に不可欠、今こそ求められる“真のベンチャーキャピタリスト”:イノベーションは日本を救うのか(33)(3/3 ページ)
今回は、日本のベンチャーキャピタルが抱える3つの課題を掘り下げたい。日本のベンチャーキャピタルの“生い立ち”を振り返ると、なぜ、こうした3つの課題があるのかがよく分かってくるだろう。
ベンチャーキャピタリストの層が薄い
3つ目の課題として、本当の意味でベンチャー企業の成長を支援できるベンチャーキャピタリストの層がまだまだ薄いということが挙げられる。恐らく、日本のベンチャーキャピタルに関してはこれが最も大きな課題だろう。
この課題は、2つ目として挙げた、日本のVC(VC産業)の生い立ちにも大いに関係していると思われる。つまり、日本の多くのVCが金融系であることから、起業経験を持つ個々のベンチャーキャピタリストが輩出してこなかったということだ。
ただし、ベンチャーキャピタルの仕組みに関しては、⽶国も最初は⼿探りだった。とはいえ、日本と明確に異なるのは、米国では当初からベンチャーキャピタルは独立した組織として、政府や大企業とは無関係に、小さなところからスタートしていたという点だ。そのうち、大学の寄付⾦や年⾦を運用する(⽶国では、寄付⾦や年⾦の運⽤は⼀般的だ)機関投資家が、資金の一部をVCに回すという動きが出てきたのである。米国ではビジネススクールも発達しているので、スクールの卒業生がVCに入社するというケースもよく見られる。米国にしても、現在の質の高いVCが一昼夜に出現したわけではなく、それなりの時間と手間をかけて醸成されていったということは忘れてはいけないだろう。
2000年半ばのデータになるが、ベンチャーキャピタリストの資質に関して米国、日本で同じようなアンケート調査を行った結果がある(図6、図7)。
これを見ると、日本では、ビジネスプランの評価や資本政策の評価など、ベンチャーキャピタリストに求められる資質が、どちらかというと経理や財務のテクニカルな知識に偏っている感がある。これに比べ、米国では、「人の話を聞く」を筆頭に、「優秀な人材のリクルーティング(つまりは人脈)」「定性的な分析能力」など、ソフトな面が重要視されていることが分かる。ただしこれは、テクニカルスキルがあまり重視されていないという意味ではない。「ベンチャーキャピタリストであれば、そんなスキルは持っていて当たり前」という感覚なのだ。その上で、ベンチャー支援に本当に必要な資質は何なのか、という質問だと捉えているのだ。
ベンチャー企業のポテンシャルが高ければ高いほど、資金調達については、それほど課題ではなくなる。皆さんも、クラウドファンディングなどで、いとも簡単に目標金額に到達しているスタートアップを見ることがあるだろう。実際、そういうケースもあるのだ。
そういった場合、ベンチャー企業がベンチャーキャピタルに求めているものは、自分たちの経験不足や人脈不足を補ってくれる、経験豊かなベンチャーキャピタリストである。
つまり、自分の経験、特に失敗の経験などを基にしたアドバイスを提供できることが、ベンチャーキャピタリストの最大の付加価値といっても過言ではない。このような付加価値を提供し、ベンチャー企業の価値向上に貢献できる、“真のベンチャーキャピタリスト”を、日本でももっと増やさなくてはいけないと、筆者は痛切に感じている。
⇒「イノベーションは日本を救うのか 〜シリコンバレー最前線に見るヒント〜」連載バックナンバー
Profile
石井正純(いしい まさずみ)
日本IBM、McKinsey & Companyを経て1985年に米国カリフォルニア州シリコンバレーに経営コンサルティング会AZCA, Inc.を設立、代表取締役に就任。ハイテク分野での日米企業の新規事業開拓支援やグローバル人材の育成を行っている。
AZCA, Inc.を主宰する一方、1987年よりベンチャーキャピタリストとしても活動。現在は特に日本企業の新事業創出のためのコーポレート・ベンチャーキャピタル設立と運営の支援に力を入れている。
2019年3月まで、静岡大学工学部大学院および早稲田大学大学院ビジネススクールの客員教授を務め、現在は、中部大学客員教授および東洋大学アカデミックアドバイザーに就任している。
2006年より2012年までXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所(2007年会頭)、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。
2016年まで米国 ホワイトハウスでの有識者会議に数度にわたり招聘され、貿易協定・振興から気候変動などのさまざまな分野で、米国政策立案に向けた、民間からの意見および提言を積極的に行う。新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。
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