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長時間労働=美徳の時代は終わる 〜「働き方改革」はパラダイムシフトとなり得るのか世界を「数字」で回してみよう(61) 働き方改革(20) 最終回(9/9 ページ)

20回にわたり続けてきた「働き方改革」シリーズも、今回で最終回を迎えました。連載中、私はずっと、「働き方改革」の方向性の妥当性は認めつつ、「この問題の解決はそれほど簡単なことではない」という反骨精神にも似た気持ちの下、それを証明すべく数字を回してきました。これは“政策に対する、たった1人の嫌がらせ”とも言えます。そして最終回でも、この精神を貫き、“たった1人の最後の嫌がらせ”をさせていただこうと思っています。

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最後に爆弾を落としてきた後輩

後輩:「今回の連載における、最大の見どころがあるとしたら、『江端さんの歴史的転向*)』でしょうね。

*)立場・方向を変えること。共産主義者・社会主義者などが、その思想を捨てること。

江端:「『天皇陛下の働き方改革』のことか? どいつもこいつも、一体、私に何を期待して、何度、私を『転向者』と罵倒すれば気が済むんだ」

後輩:「私たちにとって、江端さんだけが、最後の砦で希望なのですよ。ちゃんと自覚してください」

江端:「何の砦で、何の希望だ?」

後輩:「『ぼっちで、異端で、狂気で、迎合できず、空気を読めない ―― それでも、ふてぶてしく生きている江端さん』という“砦”で、『図々しくも、江端さんがこの社会で生きているなら、私たちは当然に生きていてもいい』と思える“希望”です。江端さんが、大衆や権力に迎合してしまったら、私たちはどうしたらいいんですか?」

江端:「知るか」

後輩:「それにしても、今回の江端さんの「天皇陛下の労働量の定量化」は、この国家の有するアキレス腱(けん)を、かなり明確にしてしまいましたよね。たった一人の不断の公務に支えられた、日本というシステムは、それだけで十分に不安です。このシステムは、性質上、代替も二重化もできません。この問題、本気で考えておかないと、近い未来にひどい目に遭います」

江端:「私は、執筆しながら、かなり不謹慎なことと考えていたよ。『陛下がご公務から逃げだしたらいいな』って。日本中が大パニックになるけど、その時、初めて、私たちはこの問題を真剣に考え出すと思うんだ」



後輩:「あと、フリーランスの話については ―― 成功確率8000分の1の話はさておき ―― 今後の日本の就労体制がフリーランス化して、そのプロセスで現在の労働形態(契約を含む)が変わっていくと思います」

江端:「そうかな?」

後輩:「副業の自由化 ―― というより、2以上の職種で働くという時代の到来は確実ですからね。AI……もとい、機械化とソフトウェア技術の進展を考えれば、30年以上も同じ仕事が続けられるなんて未来はあり得ないです。細分化されたそれぞれの職業単位で、自分たちを守る仕組みができてくるはずですよ」

江端:「労働組合みたいな?」

後輩:「と、いうよりは、江端さんが、以前語っていた「ギルド」に近いかな*)。『AKBギルド』とか『お笑い芸人ギルド』で、事務所やエージェントに対峙する。加えて、アイドル芸やお笑い芸を、最速かつ短期間で行える、職人育成組織としても機能する、と」

*)関連記事:「リカレント教育【前編】 三角関数不要論と個性の壊し方

江端:「単に事務所やエージェントが、ギルドに取って代わるだけ、というような気がするんだが……」

後輩:「副業の目的の一つが、「組織に隷属しない自由な働き方の実現」であるなら、そのようにはならないと思います。まあ、力は弱いでしょうが、一人で闘うよりはマシくらいの気持ちで」



江端:「さて、今回は、このシリーズの最終回だから、全体の総括をして欲しいんだけどな」

後輩:「江端さん。私、最近、体中が痛くて、はり、つまり、鍼灸(しんきゅう)院に通っているんです」

江端:「はい?」

後輩:「治療によって痛い箇所が消えると、別の箇所が痛くなってくるんですよ ―― で、この話を先生にしたら『それは当然です』と言われたんです」

江端:「何が言いたい?」

後輩:「要するにですね、人間の脳は同時に2箇所以上の痛覚を検知できないのだそうです。ですから、ある箇所が治癒されると、別の箇所の痛覚が現われてくるのだそうです」

江端:「それで?」

後輩:「江端さんはこの20回にわたるシリーズで、政府の『働き方改革』について20箇所の痛い箇所を検知し、その治癒方法についても言及してきたのかもしれません。しかし、そのような場当たりの対応では、しょせんは別の箇所の問題を深刻化させるだけです」

江端:「それで?」

後輩:「システムはサブシステムの集合体です。サブシステムの対処処方では、メインシステム全体の改修には至れない ―― これは、システムエンジニアの常道です」

江端:「……」

後輩:「何が言いたいかと問われましたね? では申し上げましょう。『何やってんですか、江端さん。”働き方改革”という"メインシステム全体"としての課題と解決方法を示さなければ、ダメじゃないですか』」

江端:「……」

後輩:「『サブシステムの改善提案なんぞ、SNSで思い付きのアイデアを書き込んで得意になっているその辺の凡百と同じです。この程度のことにも気が付かなったのですか』です」

江端:「また、最終回に、すごい爆弾を落してくれやがったな……」

後輩:「まだ足りません。江端さんのこの連載における最大の失態は、そこではありません。もっと看過できない深刻で重大な瑕疵(かし)があります」

江端:「どうせ最後だ。全部吐き出してしまえ」

後輩:この連載において最高の『働き方』をしたこの私が、謝辞に登場しないとは、どういうことですか?

江端:「……あ。ごめん、忘れていた」


⇒「世界を「数字」で回してみよう」連載バックナンバー一覧



Profile

江端智一(えばた ともいち)

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。


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