技術の集大成で東京五輪に挑むパナのRAMSA:RAMSAの「試聴室」も公開(2/2 ページ)
過去11回にわたってオリンピック会場で採用されてきたプロ用音響システム「RAMSA」が2019年、誕生から40周年を迎えた。パナソニック コネクテッドソリューションズ(CNS)社は2019年9月、福岡市にある福岡事業場で、新たに導入した音響空間制御シミュレーションツール「PASD(Panasonic Acoustic Simulation Designer)」の説明などを行った。同社はこのPASDを含め、東京オリンピック・パラリンピック競技大会での採用に向けてRAMSAを提案していく方針だ。
「技術の集大成」新たなツールで、高精度の事前シミュレーションを実現
これらの技術を最大限に用いる形で、同社が2019年3月に新たにリリースしたのが、音響空間制御シミュレーションツール「PASD」だ。PASDは、ラインアレイスピーカーの構成を検討する「PaLAC(Panasonic Line Array Calculator)」とクラスタ配置を検討する「AcSim(Acoustic Simulator) II」の2つのソフトウェアによって事前設計を行う。その上で、音響測定や調整を行うソフトウェア「AutoFIR(Automatic FIR filter adjuster)」によって、現場での細かな調整を行う。現実に近い高精度の事前シミュレーションが可能であり、従来は多くの時間を割いていた現場での調整作業を短縮できるという。
具体的には、PaLACでは、会場の空間データを2Dで入力し、ラインアレイスピーカーの個数や配置、1つ1つの最適な角度など施工仕様を検討。音響解析を行うとともにフィルター係数を演算し、FIRフィルター内蔵のDSPアンプにデータを送る。AcSimでは、3Dの空間データを入力し、そこにエリアとスピーカーの位置情報を入れることで、音圧レベル分布を解析。会場内で伝わる音の差がなくなるようシミュレーションする。そして、現場でAutoFIRを用い、実際の音の響きをマイクで測定、音響測定および音響調整を行うという流れだ。松本氏は、「画期的なのは、周波数特性を事前に演算し、補正のためのフィルター係数をあらかじめ出せることだ。目標特性を決めれば、それぞれのスピーカーにどんなフィルターが必要かを自動で算出し、アンプにデータを送ることができる。また、現場で実際に測定した際、シミュレーションと差がある箇所があればその部分だけ補正する演算もすぐに可能で、これまで半日かかっていたような現場での調整作業が1〜2時間でできるような効果が得られる」と話した。
こうした技術を実現した『肝の部分』として松本氏が説明したのが、「インパルス応答による高密度スピーカーモデリングデータの利用」だ。インパルス応答を測定することで、周波数に対する振幅と位相の両方の情報を一度に評価できるといい、同社は独自の無音響測定システムによって、スピーカーのインパルス応答データを高密度で取得。シミュレーションのための基礎データをして活用。これによって、「ほぼ現実に近いシミュレーションを実現した」という。このインパルス応答のデータ取得については「競合の2倍くらいの密度で取得している」(松本氏)という。
PASDは、ラグビーワールドカップの会場でもある熊本市の「えがお健康スタジアム」でのRAMSAラインアレイスピーカー設置の際にも活用され、低音の反響を抑えると同時に近隣住宅地への音漏れを防ぐ制御を行っている。同社は、PASD利用に関するセミナーを実施し、受講者に対して無償提供することで、ユーザー層をさらに拡大していく取り組みも進めているという。
開発を支えてきた視聴室
同社は今回、福岡事業場内にある「試聴室」を公開した。この視聴室は2015年10月にオープンしたもので、床面積63.6m2。D-70の遮音性能を誇り、残響時間は全帯域で約0.25秒。内部のプロジェクターや空調などの音も抑えており、静けさを表す指標の「NC値」は15未満で、「コンサートホールの舞台でピンを落とした音が最後列席でも聞こえるくらいの静かさ」だ。松本氏は、「大きな音の中に隠れたディテールの部分、大きな音が鳴った後の余韻の切れ際などもしっかり評価できる」と話した。
また、音を拡散させるため、視聴室の壁には拡散体を配置してあるほか、壁や天井も並行ではなく、スピーカーを置いてある部屋の奥側から広がる形になっている。これも、壁や天井が平行だと音が集中する部分が出てしまうからだという。
同社では、この視聴室においてラインアレイスピーカーなど各種機器の開発時の音質チェックやPASDによる調整結果について、「最終的な感覚による音の良しあしの評価」を行ってきたという。松本氏は、「単純に計測、測定して結果があってればいいというようなテクニカルな内容だけでなく、われわれは最終的な出音にこだわっている。この試聴環境を使ってしっかりと音を確認して、1つ1つきれいに丁寧に設計していくというのが1番のポイントと思っている」と語っていた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 熟練の職人技が支える、パナソニックの補聴器製造現場
パナソニックの補聴器事業が、2019年に60周年を迎えた。創業者の一声から始まったという事業は、形や機能など同社ならではの技術力を生かして発展を続けており、近年はテレビと直接つながったり、スマートフォンアプリで操作が可能になったりと、時代に合わせた進化を遂げている。一方で、ユーザーそれぞれの耳穴に合わせたオーダーメイド品は、造形で3Dプリンタを使っているものの、その他作業はもっぱら熟練の技術者のノウハウに支えられているという。今回、その製造現場を取材してきた。 - 「敬老の日」に販売ピークを迎える、パナソニックのあの製品
歴史は古く、今年で60周年を迎えたそうです。 - パナソニック、天窓を再現する空間演出システム
パナソニック ライフソリューションズ社は、天窓を人工的に再現する空間演出システム「天窓照明」を開発した。 - パナソニックが半導体事業の一部をロームに譲渡
ロームは2019年4月23日、パナソニックから、半導体事業部門であるパナソニック セミコンダクターソリューションズのダイオードおよびトランジスタ事業の一部を譲り受けることを決定したと発表した。 - パナソニック、HD-PLC搭載製品の実証を開始
パナソニックは、高速電力線通信技術「HD-PLC」を家庭内機器に搭載するための実証実験を開始した。政府の新技術実証制度(レギュラトリー・サンドボックス制度)を活用して行う。 - パナソニックの次世代PLC技術、国際標準規格へ
パナソニックは、同社が提唱するIoT(モノのインターネット)向け次世代PLC技術が、国際標準の通信規格「IEEE 1901a」として承認されたことを発表した。