TSMCのアリゾナ工場設立、米議員が差し止めを要求:政治的介入の懸念
米上院少数党院内総務のChuck Schumer氏と、その他2人の民主党議員が、TSMCが米国アリゾナ州に建設を予定している半導体工場のプロジェクトについて、差し止めを要求した。
米上院少数党院内総務のChuck Schumer氏と、その他2人の民主党議員が、TSMCが米国アリゾナ州に建設を予定している半導体工場のプロジェクトについて、差し止めを要求した。
このような議員たちの動きは、米国EE Timesが推察していた通り、TSMCに対して政治が介入していることを示す、さらなる証拠だといえる。
Schumer氏らは2020年5月19日(米国時間)に、米商務長官のWilbur Ross氏および米国防長官のMark Esper氏宛に書簡を送付した。この2人のトランプ政権閣僚に対し、関連当局や歳出委員会が概要について十分把握するまでは、あらゆる交渉や議論を中止することを要求したという。資金調達や減税措置、ライセンス、各種インセンティブなど、商務省と国防総省の両省が掲げた公約の全ての内容がその対象になるとしている。
TSMCは2020年5月15日、アリゾナ州に5nmプロセス工場を建設すると発表した。EE Timesがこの件についてインタビューを行ったところ、その背景に数々の政治的要因が絡んでいる可能性が極めて高いことが明らかになった。
TSMCの元主席弁護士であるDick Thurston氏は、インタビューの中で、「TSMCがアリゾナ州を選んだのは、『知事が共和党の州を支援したい』というトランプ大統領の都合が優先されたためだろう。アリゾナ州は、共和党ネットワークの中でも、将来性が残っている数少ない州の一つだ。アリゾナ州を選択するに当たり、必ずしもTSMCの利益が最優先される必要はない」と述べている。
トランプ大統領は、再選に向けた選挙活動の中で、「これまで海外に流出してしまっていた雇用を、米国に取り戻す」という公約を掲げ、繰り返し主張している。半導体業界はずっと以前に、その発祥地である米国から、韓国や日本、台湾などのアジア諸国へと移行している。TSMCを米国に引き寄せることができれば、その公約を果たせるというわけだ。また、トランプ政権はもう一つ別の政策として、5G(第5世代移動通信)機器市場における中国の躍進を減速させることを目指しているため、その実現に向けた手段の一つだとする見方もある。
また、Schumer氏らは書簡の中で、「商務省と国防総省は、TSMCとの間で、工場建設プロジェクトに関する交渉を進めているが、そこに連邦政府の補助金が使われるのではないか」とする懸念を表明している。さらに、「米国政府機関は、米国半導体製造サプライチェーンの多様化を実現する上で、幅広い戦略を描けているのか」とする疑問も提示した。
TSMCのアリゾナ工場建設計画は、同州と米国連邦政府からの支援を受け、約120億米ドルの資金が投じられる予定だ。5月15日のこの発表から数時間後に、商務省は、HiSiliconへの新たな制約事項を追加している。その影響は、TSMCにも及ぶだろう。
Schumer氏らは書簡で、「われわれは、TSMCの工場建設プロジェクトが、国家安全保障上の要件をどのように考慮しているのか、そして、多様な米国半導体製造サプライチェーンを構築するための戦略とどのような整合性があるのかについて、疑問を抱いている」と述べている。
TSMCは米国ワシントン州に8インチウエハーの工場を既に所有している。同社は最近、中国・南京に12インチ工場を、上海に8インチ工場を建設した。台湾の規制に準拠して、TSMCは中国の工場での生産技術を、台湾の先端プロセスに比べて1世代以上遅れたプロセスで維持している。
TSMCの今後の可能性として一つ考えられるのは、TSMCが中国向けのチップを南京と上海で製造する一方で、米国向けの“より慎重に扱うべき繊細な製品”の製造を米国の工場で行うのではないか、ということだ。匿名を条件にEE Timesに語った元米国務省関係者は、そう見ている。
台湾の不安定な地政学的状況は、半導体サプライチェーンを構成する企業や国にとって懸念材料となっている。世界最先端レベルのチップ製造技術を持つTSMCは、AppleからXilinxまでの企業の製品を製造している。XilinxのFPGAは、米軍で使用する機器にも採用されている。
米国国防総省は、米国内の半導体生産へのアクセスを拡大することに関してIntelと協議しているとも報じられているが、包括的な計画にはMicron TechnologyやGLOBALFOUNDRIES、Creeなど他の米国半導体企業との連携も含まれるべきだと、Schumer氏らは書簡で主張している。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- TSMCが5nm工場を米アリゾナ州に建設へ
TSMCは2020年5月15日(台湾時間)、米国アリゾナ州に5nmプロセスの製造ラインを備えた工場を建設することで合意したと発表した。着工は2021年で、2024年に生産を開始する予定だ。 - TSMCの20年Q1売上高、7nmプロセスが全体の35%に
TSMCは2020年4月16日(台湾時間)、同年第1四半期(1〜3月期)の売上高が103億1000万米ドルで、前年同期比45.2%増となったと発表した。5G(第5世代移動通信)やHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)製品がけん引したという。 - TSMCの2021年見通しは好調、AMDのシェア拡大で
米国の投資会社であるWedbush Securitiesでシニアバイスプレジデントを務めるMatt Bryson氏は、「TSMCは2021年に、堅調な回復を遂げていくと予測される。その背景には、AMDなどのファブレスメーカーが現在、Intelから市場シェアを奪い取っているということがある」と述べる。 - 「当面は微細化を進められる」 TSMCが強調
TSMCは、米国カリフォルニア州サンタクララで2019年4月23日(現地時間)に開催した年次イベント「TSMC 2019 Technology Symposium」において、半導体のさらなる技術進展を実現すべく、同社のロードマップに「N5P」プロセスを追加したことを発表した。 - 5GはHuawei抜きで何とかするしかない 座談会【前編】
終息の糸口が見えない米中貿易戦争。IHSマークイットジャパンのアナリスト5人が、米中貿易戦争がエレクトロニクス/半導体業界にもたらす影響について緊急座談会を行った。座談会前編では、5G(第5世代移動通信)とCMOSイメージセンサーを取り上げる。