リチウムイオン電池の充電過程を原子レベルで解明:高容量で長寿命の電池材料開発へ
東京大学は、走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用い、次世代リチウムイオン電池の充電過程を原子レベルで解明することに成功した。高容量で寿命が長い電池材料の開発につながる研究成果とみられている。
劣化の主な原因は酸素放出や局所構造の乱れ
東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構の幾原雄一教授と柴田直哉教授、石川亮特任准教授および、仲山啓特任研究員のグループは2020年9月、走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用い、次世代リチウムイオン電池の充電過程を原子レベルで解明することに成功したと発表した。今回の成果は、高容量で寿命が長い電池材料の開発につながるとみられている。
次世代の高容量リチウムイオン電池の正極材料として、Li2MnO3など「リチウム過剰系」が注目されている。従来材料のLiCoO2などに比べ、リチウムイオンを約1.6倍も多く含んでいるからだ。しかも、3次元的にリチウムの脱挿入が可能であり、全固体電池の材料としても期待されている。一方で、充放電サイクルに伴う急激な性能劣化が、実用化に向けた課題の1つである。劣化するメカニズムなども、まだ明らかになっていないという。
研究グループは今回、化学溶液脱離法を用いて、Li2MnO3の単結晶表面からリチウムイオンを段階的に脱離(充電)させた試料を作製した。試料の中にはリチウム脱離領域と未脱離領域からなるナノ界面が存在する。集束イオンビーム(ガリウムイオン)でこのナノ界面を切り出して観察用の試料を作製し、STEMを用いて界面における原子レベルでの構造解析を行った。
この結果、リチウムイオンが脱離した領域で3つのことが分かった。それは、「正極中の酸素が分解して放出される」「酸素放出に伴い充電された領域のみが格子膨張を示す」そして、「金属元素であるMnがリチウムイオンと原子レベルで混合する」ことである。つまり、「充電によって形成される特異な原子構造は、サイクル特性の急激な劣化に関係している」ことが、今回の研究により判明した。
また、リチウムイオン脱離・未脱離領域の界面には、部分的にMnが規則配列した新たな構造が形成されていることが分かった。この界面領域には、酸素放出に伴う格子の膨張を補償するために、転位が形成されていることも確認した。Li2MnO3の充電は、形成されたナノ界面の移動によって進行するため、酸素放出と転位の運動が協調する特異な過程であることが明らかとなった。
左上は初期試料の環状暗視野STEM像、右上はリチウム脱離試料の環状暗視野STEM像、下段はリチウム脱離試料の環状暗視野STEM像の拡大図で、左からリチウム未脱離領域、中間領域、リチウム脱離領域 出典:東京大学
研究グループは、充放電に伴う酸化還元反応を担っているMnの一部を、酸素との結合性が高いCoやNiといった遷移金属に置換すれば、酸素放出と局所構造の乱れを抑制し、寿命が長く高容量のリチウムイオン電池を実現することが可能になるとみている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 製造プロセスの適合性が高い有機半導体を開発
東京大学や富山高等専門学校、筑波大学らの研究グループは、蒸着法や印刷法などの製造プロセスを適用して、高性能の有機半導体「C▽▽10▽▽-DNS-VW」を開発した。安価な電子タグやマルチセンサーの実用化を加速する。 - ハニカム格子イリジウム酸化物の合成に成功
東北大学と東京大学の共同研究グループは、真空成膜技術を用い、ハニカム格子イリジウム酸化物の人工超格子を合成することに成功した。量子スピン液体をもたらす物質として期待される。 - 理研ら、極薄膜の磁石で100%の音波整流を実現
理化学研究所(理研)と東京大学、日本原子力研究開発機構らによる国際共同研究グループは、磁気と回転の結合に着目し、極薄膜の磁石で表面音波の高い整流効果を実現した。 - 無電解めっきを用い高性能有機トランジスタを製造
東京大学らの共同研究グループは、「無電解めっき」でパターニングをした金電極を有機半導体に貼り付けた、「高性能有機トランジスタ」の製造に成功した。 - 固体から発する高次高調波光の発生機構を解明
京都大学や東京大学らの研究グループは、ワイドギャップペロブスカイト半導体であるCH3NH3PbCl3単結晶を用いた実験で、紫外光領域にわたる高次高調波を観測し、その発生機構も解明した。 - 二酸化バナジウム、強磁場で絶縁体から金属に変化
東京大学物性研究所と岡山大学異分野基礎科学研究所は、タングステン(W)を添加した二酸化バナジウム(VO2)が、500テスラの強磁場中で絶縁体から金属に変わることを発見した。