上場延期のキオクシア、その理由と再挑戦に必要なこと:大山聡の業界スコープ(35)(2/2 ページ)
なぜキオクシアホールディングス(キオクシア)は上場を延期したのか。何が問題だったのか。キオクシアは恐らく上場に再トライすると思われるが、首尾良く上場させるためには何が必要なのか。今回はこの点について私見を述べてみたい。
市況は混沌としているが、再燃に備えて
すでに述べたように、コロナの影響さえなければ、NANDフラッシュ市況は2020年いっぱい前年比40%増を超える状態が継続し、2021年中ごろにピークを迎えるまで好況が続く、と筆者は予想していた。しかしコロナ感染に見舞われた現実は、スマホやPCの需要が低迷し、データセンター向けの投資も年後半から失速している。そこへHuawei向けの規制問題が加わり、市況の見通しが混沌(こんとん)としているのである。
しかし2020年は5G(第5世代移動通信)元年であり、不況の中でも5Gに対応したスマホや基地局の需要は堅調に伸びている。TSMCの5nm/7nmプロセスの需要が絶好調なのはそのためだ。現時点で低迷しているデータセンター向けの投資も、GAFAを中心に5G対応を含めて再燃するだろう。2020年に盛り上がりに欠けた市況は、5G対応を起爆剤に2021年から活性化する可能性が高い、というのが筆者の現時点での予測である。5Gを活用したAI/IoTシステムは、人手を軽減させることでコロナ対策にも有効だし、Huawei以外のスマホメーカーにとって、今はまさにシェア拡大のチャンスと見ることもできる。筆者の予測は強気の部類に入るかもしれないが、同様の考え方をする業界人は決して少なくないだろう。ということは、2021年にNANDフラッシュ市況が再燃することを期待する投資家にキオクシアの積極的な事業戦略を説明すればよいのだ。Intelが退くことでサプライヤーが5社に絞られるNANDフラッシュ市場において、キオクシアの強みを筆者は以下のようにとらえている。
1つ目のポイントは、WDとの協業体制である。キオクシアとWDはブランドとしては競合関係にあるが、ウエハー工程の研究開発や生産については協業パートナーであり、巨額な設備投資も両社で折半している。すでに量産中の四日市工場に加えて、岩手県の北上工場での量産準備も進めており、2社の生産能力は今後さらに強化される計画である。この2社のシェアを合計すると32.8%、トップシェアのSamsungとほぼ互角に戦える実績を誇っている。この2社が協業関係にある限り、Samsungに対抗しうる最強のライバルとして戦いを続けることが可能だろう。
2つ目のポイントは、大手ユーザーからの同社に対する強い期待である。DRAM業界はすでにメーカーが3社に限定されているため、ユーザーはこの3社からDRAMを買わざるを得ない。需給バランスも、3社が生産調整することで大体コントロールできるので、ユーザー側が強気に交渉できる機会はかなり限定されてしまうのだ。これと同じようなことがNANDフラッシュ市場でも発生することは、ユーザー側としては何としても避けたいのが現状である。特に、DRAMでもNANDフラッシュでもトップシェアを誇るSamsungがこれ以上シェアを拡大させると、多くのユーザーはSamsungの言い値で製品を買わされるのではないか、と懸念しているはずである。特にキオクシアの最大顧客であるAppleは、スマホ業界で競合しているSamsungからの部品調達を最小限に抑えたい、という本音を抱えている。DRAM、NANDフラッシュ、有機ELディスプレー、場合によってはSoCの生産委託やリチウムイオン電池に至るまで、キーデバイスを競合企業に委ねる構造は決して好ましいものではない。少なくともキオクシアがNANDフラッシュ市場において、Samsungと競合する立場に留まることは、Appleを含む大手ユーザーからも望まれていることなのである。
ぜひ不退転の決意で
上場の準備段階で、同社が投資家向けにどのような売り込み活動を行ってきたのか、筆者は寡聞にして知らない。だが、これだけの魅力的条件をそろえていながら上場を延期せざるを得なかったのは、失礼を承知で申し上げれば、投資家に対する同社の訴求力が足りなかったからではないだろうか。また同時に、上場時の新株発行の少なさにも疑問が残る。現在の条件では、上場によって調達できる資金は1000億円にも満たない。少なくとも北上工場への新規投資の原資は不可欠なのだから、数千億円の調達を狙うべきだろう。現在大株主であるベインキャピタルが、自身の持ち株が希薄化することを嫌って新株発行が制限された、などという話も耳にする。だが、それでは何のために投資してもらったのか、今回の上場の重要性をどう考えているのか、心配になってくるのだ。再トライする際には、この辺の条件も今一度見直しながら、不退転の決意で臨んでいただきたいと願っている。同じ失敗は、二度は許されない。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現IHS Markit Technology)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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