リチウムイオン伝導性が高い有機分子結晶を開発:全固体電池の固体電解質に応用
静岡大学と東京工業大学の研究グループは、室温はもとより低温環境でも高いリチウムイオン伝導性を示す「有機分子結晶」を開発した。寒冷地仕様の自動車などに搭載される全固体電池の固体電解質として、その応用が期待される。
−20℃における伝導度は従来の約100倍
静岡大学理学部化学科の守谷誠講師と東京工業大学物質理工学院応用化学系の一杉太郎教授らによる研究グループは2020年11月、室温はもとより低温環境でも高いリチウムイオン伝導性を示す「有機分子結晶」を開発したと発表した。−20℃における伝導度は従来のほぼ100倍を示し、寒冷地仕様の自動車などに搭載される全固体電池の固体電解質として、その応用が期待される。
固体電解質を用いた全固体電池は、電気自動車(EV)やハイブリッドカー(HEV)をはじめ、さまざまな用途で期待されている。現行のリチウムイオン電池に比べ、液漏れや発火を抑えることができ、安全性を向上できるからだ。直列積層構造により蓄電池の小型軽量化も可能だという。
固体電解質としてはこれまで、「セラミックス」(結晶性無機物)や「ガラス」(非晶質無機物)「ポリマー」(非晶質有機物)といった材料が研究されてきた。しかし、全固体電池の実用化や量産に向けては、さまざまな課題があるという。
そこで研究グループは、新たな固体電解質として、結晶格子中で分子が規則的に配列している「分子結晶」(結晶性有機物)に注目してきた。構成要素の「リチウム塩」や「有機分子」の組み合わせ、あるいは反応比を適切に選択すれば、分子からなるイオン伝導パスを構築することが可能である。しかも、分子結晶は適度に柔軟性があり、全固体電池の電解質‐電極間において、良好な界面を形成することができるという。
研究グループはこれまで、高いLiイオン伝導性を有する分子結晶の材料設計において、「Li周辺の相互作用の低減」と「Li‐Li間距離の短縮」、そして「空き配位座の存在」が重要であることを明らかにしてきた。今回は、構成要素としてリチウム(ビスフルオロスルホニル)アミド(LiFSA:Li{N(SO2F)2})と、スクシノニトリル(SN:NCCH2CH2CN)を用いた。
LiFSAとSNをアルゴン雰囲気下において、モル比1対2で混合し、均一な融液となるまで加熱した。Li(FSA)(SN)2を加熱して得られた融液は、59.5℃の融点以下まで冷却されると再度結晶化され、ダイヤモンド構造によく似た三次元骨格構造が再形成されることが明らかとなった。これは、蓄電池作製時には融液として扱い、電池動作時には固体として用いることが可能な固体電解質であることを示したものだという。
Li(FSA)(SN)2単結晶を粉砕して加圧成型したペレットを用い、交流インピーダンス法でイオン伝導性を評価した。この結果、イオン伝導性は室温近く(30℃)で10-4Scm-1となり、低温条件(−20℃)でも10-5Scm-1という極めて高い値を示した。さらに、イオン伝導の活性化エネルギー(Ea)は28kJmol-1、リチウムイオン輸率(tLi+)は0.95となるなど、硫化物系セラミック電解質に匹敵する特性を得られることが分かった。
研究グループは、これらの成果を基に、Li(FSA)(SN)2を固体電解質とした薄膜型全固体電池を作製した。その工程はこうだ。まず、Li(FSA)(SN)2を加熱して得られた融液を、正極となるLiCoO2薄膜上に垂らす。次に、滴下したLi(FSA)(SN)2融液上に、負極となる金属Liを静かに置く。そして、自然放冷によって結晶化すれば、Li(FSA)(SN)2を固体電解質とする全固体電池が出来上がる。
作製した薄膜全固体電池の充放電試験を行った。この結果、放電容量はサイクルごとに減少するが、100サイクル目の放電容量は初期放電容量の90%を維持していることを確認した。
研究グループは今後、分子結晶電解質のさらなる特性向上を図りながら、分子結晶が持つ特徴的な物性を固体電解質の新たな機能として反映させていく。
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