理研ら、量子ビットの電気的操作を初めて実現:電極電圧でトンネル効果の強さ制御
理化学研究所(理研)や産業技術総合研究所(産総研)らによる国際共同研究グループは、表面弾性波によって伝搬する単一電子の量子状態を制御することで、量子ビットの電気的操作を初めて実現した。
GaAs半導体基板の中に、2つの電子伝導経路を形成
理化学研究所(理研)や産業技術総合研究所(産総研)らによる国際共同研究グループは2021年2月、表面弾性波によって伝搬する単一電子の量子状態を制御することで、量子ビットの電気的操作を初めて実現したと発表した。電子の飛行量子ビットを用いた量子コンピュータを実現するための第一歩になるとみている。
量子コンピュータは、量子ビットを用いて高速に計算を行えるため次世代コンピュータとして注目され、さまざまな研究が世界中で行われている。「飛行量子ビット」と呼ばれる光子や電子が伝搬する量子ビットを用いた量子コンピュータもその1つである。固体を用いた他の量子コンピュータに比べ、ハードウェアの構成を極めて小さくできるという特長がある。ただ、電子を用いた固体の飛行量子ビットを電気的に操作することができないなど、課題もあった。
国際共同研究グループは今回、GaAs(ガリウムヒ素)半導体基板の中に、平行に並べた2つの電子伝導経路を形成し、電子が量子力学的なトンネル効果によって経路間を行き来できる構造とした。これにより、飛行量子ビットに対する量子演算を行うことができる「ビームスプリッター」を実現した。
トンネル効果の強さは電極に印加する電圧(VU、VL)によって制御できるという。実験では、トンネル効果の強さを調整し、表面弾性波によって輸送される単一電子が、量子力学の原理に従って経路間を行き来する様子を捉えた。電子の振る舞いを電流の振動として計測。この測定値を量子力学的な電子の運動モデルに基づく計算結果と比較し、量子的な電子のビームスプリッターが実現していることを確認した。この結果は、「飛行量子ビットを電気的に制御できる」ことを示したものだという。
実験により、トンネル効果による電子の運動は、各経路内部における電子の軌道状態にも強く影響を受けていることが分かった。また、電流の温度依存性により、輸送される電子が周囲からの雑音で量子力学的な情報を失う「デコヒーレンス」の影響を、ほとんど受けていないことも確認した。
今回の研究成果は、理研創発物性科学研究センター量子電子デバイス研究チームの伊藤諒特別研究員と山本倫久チームリーダー、量子機能システム研究グループの樽茶清悟グループディレクター、産総研物理計測標準研究部門の高田真太郎研究員および、ルール大学ボーフム校実験物理学科のArne Ludwig研究員とAndreas D. Wieck教授ら、国際共同研究グループによるものである。
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