UWBトランシーバーICの新興企業が約14億円を調達:IoTで再注目される無線規格
カナダのモントリオールに拠点を置く、UWB(Ultra Wide Band)用トランシーバーICの新興企業Spark Microsystemsは、カナダのクリーンテクノロジー投資企業であるCycle Capitalが主催したエクイティ投資ラウンドにおいて、1750万カナダドル(約14億5400万円)の資金を調達したと発表した。
カナダのモントリオールに拠点を置く、UWB(Ultra Wide Band)用トランシーバーICの新興企業Spark Microsystemsは、カナダのクリーンテクノロジー投資企業であるCycle Capitalが主催したエクイティ投資ラウンドにおいて、1750万カナダドル(約14億5400万円)の資金を調達したと発表した。Qualcommの元CEOであるPaul Jacobs氏と、GLOBALFOUNDRIESの元CEOであるSanjay K. Jha氏の両氏も、今回の投資ラウンドの一環としてSpark Microsystemsに再投資したという。
投資家たちは今回、”バッテリーレス”の無線接続に秘められた可能性に心を動かされたようだ。Spark Microsystemsによると、同社のUWBトランシーバーIC「SR1000」シリーズは、IoT(モノのインターネット)や民生用機器に向けて開発されたという。現時点での主なターゲット分野は、ゲームとオーディオで、同社は「一例をあげると、既存のイヤフォンは、圧縮音声のレイテンシが約200ミリ秒であるのに対し、当社のトランシーバーICはデモ実演において、非圧縮のハイファイオーディオで5ミリ秒のレイテンシを実現している。また、マウスやキーボードの反応性が重要とされるゲーム分野では、1ミリ秒を下回る約250マイクロ秒のレイテンシを実現することができた」と述べている。
Spark Microsystemsは、2016年に設立された新興企業だ。同社の共同創設者でありCTO(最高技術責任者)を務めるFrederic Nabki氏は以前に、米国EE Timesの姉妹サイトであるEmbeddedの取材に応じ、「UWBの用途は、ポジショニング(測位)や高精度測距だけに限られるわけではない。ポジショニングは素晴らしいアプリケーションの1つだが、UWB技術はそれだけにとどまらず、もっと多くのことを実現できる。超低消費電力かつ超低レイテンシの通信も可能だ。わずか数マイクロワットの消費電力による通信で低レイテンシを実現し、Wi-Fiと共存することもできる。われわれのチップは、他社よりもはるかに低い消費電力で測距を実現するが、必ずしもそれが最も有望視されているわけではない。最も期待を集めているのは、超低レイテンシかつ超低消費電力通信によるデータ伝送だ」と述べている。
同社はその後、既にさまざまな顧客企業向けに、量産開始前の製品を数万個単位で出荷している他、ティア1のパートナーとの協業によって、ヘッドセットやマウス、キーボードを備えた次世代のゲーミング用無線ハブの試作も手掛けているという。また、ワイヤレスAR(拡張現実)/VR(仮想現実)、IoT、ポジショニング製品などを開発しているメーカー各社に、70個以上の評価キットを販売した。
Spark Microsystemsは、今回新たに調達した資金を、量産や販促の他、次世代製品の研究開発などに使用する。同社のCEOを務めるFares Mubarak氏は、EE Timesのインタビューに応じ、今回の資金調達について、「われわれの目的は、現在保有しているものを販売することにある。また、セールス/マーケティングチームの他、アプリケーションチームを設立することにより、顧客企業が当社のSDK(ソフトウェア開発キット)を使って開発できるようサポートしていきたい。自社の製品ロードマップも開発していく。当社は現在、40人の従業員を抱えているが、今後12〜18カ月の間にその数は約2倍に増える見込みだ」と述べている。
同氏は、「われわれは今後、次世代UWB向け標準規格の策定を要求することにより、超低消費電力の応答性や、エネルギーハーベスティングに依存したバッテリーレスの無線ノードなどの実現を目指す。次世代UWBでは、BLE(Bluetooth Low Energy)がBluetoothのために実現したことを、UWB向けにも実現したい。当社は既に、パートナー企業数社によってサポートされた提案に基づき、『IEEE P802.15』のWPAN(Wireless Personal Area Network)関連のワーキンググループに参加している」と述べた。
IEEEへの提案では、高精度測距の特長を認識するとともに、UWB技術が、消費電力やデータ伝送、レイテンシなどのトレードオフを可能にするという独自の位置付けにあることが強調されている。他の無線技術では、これをPAN向けに実現することは不可能だ。その他の特長としては、大量のペイロードでも超低消費電力および低レイテンシ通信をできる他、周波数帯が広いので、Wi-Fiなど他の無線技術と共存したり、サービス品質(QoS)への影響を軽減できることが挙げられる。
アクティブ投資家であるSanjay Jha氏は、「Spark Microsystemsの顧客企業の中には、今後数年の間に、数百万個規模の無線デバイスを導入するとみられるメーカーが数社ある。同社の技術は、さまざまな種類のIIoT(産業用IoT)をはじめ、AR/VRやゲーム、オーディオアプリケーションなどのコンシューマーエレクトロニクス向けに、電池寿命を大幅に延長するため、新しい機能を実現できるだけでなく、性能も向上させることができる。同社は今回の資金調達で、顧客企業からの量産要件にも対応できる、確固たる地位を確立することになるだろう」と述べた。
大手投資ファンドであるCycle Capitalの創設者でありマネージングパートナーを務めるAndree-Lise Methot氏は、「Cycle Capitalは、気候変動に対して有意義な影響を及ぼすことが可能な企業に投資をする。Spark Microsystemsは、バッテリーレスネットワークを実現し、幅広い種類の新しいワイヤレスアプリケーション全体の消費電力量を劇的に削減することが可能なだけでなく、埋め立て処理される電子機器廃棄物を削減することにもつながる」と、投資の理由を語った。
SR1000シリーズは、混雑した周波数帯を利用する他のプロトコルとは異なり、3.1G〜10.6GHzのアンライセンスバンド(免許不要周波数帯)で動作し、標準時で41.3dBm/MHzの広帯域電力密度を実現している。
Bluetooth、Wi-Fi、ZigBee、Z-Wave、さらには5G(第5世代移動通信)などの技術は全て、変調したキャリア周波数を用いてデータを送信する。これらの搬送波(キャリア)は、起動と安定化にかなりの時間を要し、位相が合っているか、位相特性が良いかを確認するための複雑なハードウェアを必要とし、その結果、維持するためにかなりの電力を要する。
Spark Microsystemsは、キャリアの代わりに2ナノ秒のパルスを生成するタイムインパルスを使用する方法を採用した。これは、キャリアを管理するための複雑な回路が必要ないことを意味する。さらに、起動とデータ伝送も速くなる。パルス幅が2ナノ秒しかないので、同期も素早くできるからだ。
同社のトランシーバーICは、他の無線規格とも共存できる。UWBがアンライセンスバンドを利用する点はBluetoothやZigBee、Wi-Fiと同様だが、Spark MicrosystemsのトランシーバーICは、Wi-FiやBluetoothよりも大幅に低い電力で送信しているので、EMIもかなり低くなると同社は主張している。つまり、他の規格の無線機が、Spark MicrosystemsのトランシーバーICを“ノイズレベル”と認識していることを意味している。
Mubarak氏は、「われわれのトランシーバーICは、消費電力の点でいうとBLEの約40分の1を実現している。Bluetooth 5.1/5.2と比較しても低く、Bluetooth 5.2との比較では約20分の1となっている」と強調した。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
関連記事
- 「iPhone」は半導体進化のバロメーターである
2020年10月に発売された「iPhone 12 Pro」を分解し、基本構造を探る。さらに、搭載されている主要チップの変遷をたどってみよう。そこからは、iPhoneが半導体の進化のバロメーターであることが見えてくる。 - 次世代UWB技術、高精度かつ大幅な低消費電力化を実現
ベルギーの研究機関imecは2020年5月下旬、デジタルRFと機械学習(ML)を活用し、消費電力を従来の10分の1に削減しながら、厳しい環境下でも10cm未満の高精度な測距を実現する次世代超広帯域無線(UWB:Ultra Wide Band)技術を開発した、と発表した。 - NXPとVolkswagen、UWB技術で協力
NXP SemiconductorsとVolkswagen(フォルクスワーゲン)は、超広帯域無線(UWB:Ultra-Wideband)技術とそのシステム応用について、これからの可能性を共有し、実用化に向けて協力していくことで合意した。 - Wi-Fiで1m以下の高精度測位、物流向けに村田が展示
村田製作所は「第8回IoT/M2M展」(2019年4月10〜12日、東京ビッグサイト)で、Wi-Fiを利用した新たな測位システムによる、物流倉庫での生産性、効率改善のソリューションを展示した。今回展示していた新たな測位システムは、これまでのWi-Fiを利用した測位システムに比べて10倍の精度向上を実現しているという。 - UWB、IoT市場で復活の兆し
超広帯域無線(UWB:Ultra Wide Band)が、その測位機能を生かし、IoT分野で復活を果たそうとしている。UWBチップメーカーのDecaWaveはこのほど、調達した資金の一部を、UWBの普及促進を目指す業界団体の設立に充てるという。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.