半導体は政治的駆け引きのネタ? 米国/EUの半導体巨額支援政策を考える:大山聡の業界スコープ(39)(2/2 ページ)
連日、米国政府や欧州連合(EU)が半導体業界に巨額の支援を行うと報道されている。ただ筆者としては「何かヘンだ」と違和感を覚える。米国やEUの本当の狙いは他にあるのではないか、と勘ぐってしまう――。
あまりに非現実的すぎる
まず半導体市場の現状について整理してみよう。2020年の世界市場規模は4404億米ドルで、そのうち中国向けが34%を占めており、世界最大の半導体消費国となっている。PCの90%以上、スマホの70%以上が中国で生産されているなど、電子機器の生産拠点が中国に集まっていることが要因だが、この状況は今後急変することは考えにくい。中国での生産を避け、他のアジア諸国に生産をシフトさせる動きも一部では見られるが、現時点ではあまり大きな論点にはなっていないようである。
むしろ中国としては、国内にこれだけの半導体需要があるのだから、国内の半導体産業をもっとレベルアップして自給率を引き上げたい、と考えている。「中国製造2025」において半導体が重要項目に挙げられているのはそのためだ。国内の半導体メーカーを育成するだけでなく、TSMC、Samsung、SK Hynixの先端ラインを誘致するなど、積極的な設備投資を行っており、2020年の世界半導体設備投資額でも世界のトップに躍り出た。
今後の競争力強化を想定しているのか、米国商務省は諸外国に対して、中国企業向けに最先端の半導体製造装置を出荷しないように呼び掛けている。しかしこれだけの設備投資を行っても、世界の半導体業界における中国の供給実績はまだ微々たるもので、欧米側が中国の半導体技術や供給能力を脅威に感じるレベルには至っていない。2020年現在、中国籍の半導体メーカーの世界シェアは5%にも満たないのが現状である。しかし中国が上図のような比率で設備投資を継続し、技術的にも脅威を感じるレベルになれば、中国は半導体業界を牛耳ることになるのではないか、そうなる前に何らかの対策を立てる必要がある、と米国政府やEUが考えていたとしたらどうだろう。自分たちの域内に半導体工場を設置することで、中国からの供給に頼ることなくサプライチェーンを確保できる、と考えたのだろうか。
仮にそうだとしても、どの半導体メーカーがそれだけの設備投資を必要とするのか。特に車載半導体においては、今後電動化が進むにつれて必要となる半導体も大きく変化することが予想されるが、その変化をどこまで想定して政策を立てているのか。冒頭に筆者が「何かヘンだ」と違和感を覚えたのは、こうしたシナリオが全く想像できないからだ。米国、EU双方ともかなり無意味な主張を含んでいるように思えるのである。
国内外において半導体関連のニュースが頻繁に取り上げられるのは結構なことだが、内容が的外れだったり、単なる政治的な駆け引きに使われたりしていそうな状況を見ると、余計にがっかりする。米国の370億米ドルも、EUのシェア2割も、このままでは非現実的すぎて議論するに値しない、というのが筆者の率直な意見だが、いかがなものだろうか。何か見落としていることがあれば、ご指摘いただきたい、と本音で思っている。
筆者プロフィール
大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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