透明電極の結晶化抑えた透明有機デバイスを開発:従来予想を覆し高性能化を実現
産業技術総合研究所(産総研)は、透明酸化物電極(透明電極)を有する有機デバイスにおいて、透明電極の結晶化を抑制することで、性能が大幅に向上することを発見した。この成果はこれまでの予想に反する結果だという。
透明電極の膜内応力を低下させ、ギャップの形成を抑制
産業技術総合研究所(産総研)センシングシステム研究センターセンサー基盤技術研究チームの末森浩司主任研究員らは2021年7月、透明酸化物電極(透明電極)を有する有機デバイスにおいて、透明電極の結晶化を抑制することで、性能が大幅に向上することを発見したと発表した。これまでは透明電極材料の結晶性を高めることがデバイス性能の向上につながるとみられていた。今回の研究成果はこうした予想に反する結果となった。
軽量で柔軟性に優れた有機デバイスは、皮膚など複雑な形状の表面に取り付けることができるため、さまざまな用途で注目を集めている。これを透明電極と組み合わせて用いることができれば、その応用は格段に広がる可能性が高い。ところが、透明電極を形成する過程でデバイスの電気特性が大幅に低下するなど、実用化に向けては課題もあった。
透明有機デバイスの高性能化に向けては、例えばスパッタリング製膜法(対向ターゲットスパッタリング法)なども開発されてきたが、十分な性能を実現するまでには至っていないという。産総研でもこれまで、透明電極を結晶化させるなどして、デバイス性能の向上に取り組んできた。
今回行った実験により、透明有機デバイスの性能は電極材料の結晶性を下げた方が向上することを発見した。逆に結晶化した透明電極を用いると、従来の予想に反してデバイス性能は低下することが分かった。
研究チームは、この原因を解析した。その結果、結晶化した透明電極を用いたデバイスは、透明電極下の電荷注入層/有機薄膜界面に形成されたギャップが、デバイス内の電気伝導を阻害し性能を低下させていることが分かった。
ギャップの形成メカニズムを解析したところ、直径数μm程度の粒子が、結晶化した透明電極上に生じることが分かった。この粒子は、透明電極内の応力が緩和する時に、一部が表面から押し出されて形成されたものだという。この過程において透明電極は、膜面方向に微小な変位(位置のずれ)が生じる。
有機薄膜表面はナノメートルレベルの凹凸があり、変位前の透明電極は、この凹凸にフィットする形で堆積している。透明電極が変位すると電荷注入層下面の凹凸と有機薄膜上面の凹凸が形状的に合致しなくなり、電荷注入層/有機薄膜の界面に微細なギャップが形成されることになる。
こうしたギャップ形成のメカニズム解析により、透明電極の膜内応力を低下させるとギャップ形成を抑えることができ、デバイス性能は向上することが分かった。つまり、透明電極の結晶化を意図的に抑制した方が、デバイス性能を向上できるのではないかと考えた。
これらの成果を踏まえ研究チームは、結晶化を抑える微量のガスを透明電極製膜中に導入し、応力を低減してギャップ形成を抑制することにした。透明電極は対向ターゲットスパッタリング法で作製したITO(インジウムスズ酸化物)を用いた。これにより、膜内応力は約4分の1に低減したという。
さらに、結晶化を意図的に抑制した透明電極を有する有機電界発光デバイスを作製し、その特性を評価した。試作したデバイスにはギャップが無く、デバイスの電流−電圧特性や発光特性が大幅に改善することを実証した。
左上は製膜時のガス導入により結晶化を抑制した際の、ITOの応力変化、右上は作製した透明有機デバイスの構造と透明有機電界発光デバイスの断面(電子顕微鏡写真)、下は透明有機デバイスの電流密度−電圧特性と発光量−電圧特性 (クリックで拡大) 出典:産総研
研究チームは今後、透明電極内の応力をさらに低減し、透明有機デバイスの高性能化に取り組む。長期間使用時の耐久性など、実用化に向けた研究も継続していく。
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