ムクドリの群れから考える、自動運転の課題:Musk氏も「自動運転は難しい」と発言
他ならぬTeslaのCEOであるElon Musk氏も、自動運転が難しいことを認めている。同氏は最近Twitterに「これほど難しいとは思っていなかった。振り返ってみればその難しさは明白だ」と投稿し、「現実よりも自由度が高いことはない」と付け加えた。今回の記事では複雑性理論というテーマに立ち戻り、本質的な複雑性の科学の不思議を解き明かす他、複雑性が機械学習を用いた自動運転技術の開発にもたらす課題の一部に着目する。
他ならぬTeslaのCEO(最高経営責任者)であるElon Musk氏も、自動運転が難しいことを認めている。同氏は最近Twitterに「これほど難しいとは思っていなかった。振り返ってみればその難しさは明白だ」と投稿し、「現実よりも自由度が高いことはない」と付け加えた。
Musk氏の告白を踏まえて、今回の記事では複雑性理論というテーマに立ち戻り、本質的な複雑性の科学の不思議を解き明かす他、複雑性が機械学習を用いた自動運転技術の開発にもたらす課題の一部に着目する。
ここで技術のことは忘れて、それよりもはるかに興味深いムクドリの映像に目を向けてみよう。私達を取り巻く世界の息をのむような美しさを再認識するだけの理由であっても、読者の皆さんのスケジュールから5分間を頂戴してぜひご覧いただきたいのが、この飛行するムクドリの群れ(murmuration)を映した映像である。
注意深く見てみると、群れの進路が形と密度の両方で絶え間なく変化していることに気付くはずだ。Musk氏の言葉を言い換えると、「飛行するムクドリよりも自由度の高いものはない」といったところである。ムクドリの群れを“制御”する中枢部は存在しないという。このブログ投稿の中で、ムクドリの群れの科学が説明されている。
研究者ら(Young他、2013年※)は、ムクドリの不確実性に対処しながら合意性を維持する能力に着目した結果、1羽が周りにいる7羽に注意を払うことで(最小限の努力で)それを達成していることを発見した。
※Young GF, Scardovi L, Cavagna A, Giardina I, Leonard NE(2013), Starling Flock Networks Manage Uncertainty in Consensus at Low Cost.
大まかに言うと、1羽のムクドリが同じ「7羽ルール」に従うことで、映像に示されているように、確実性や大混乱ではなく複雑性という結果になっている。Neil Johnson氏は著書「Simply Complexity」の中で次のように説明している。
複雑性の科学は、相互作用する物体の集合体から発生する現象の研究として見なすことができる。相互作用する物体は、何らかの限られた資源を巡り争っている。
これは、公道、特にラッシュアワー時の密度の高い都市環や、Cruise、Tesla、Waymoといった自動走行車の開発を手掛ける企業にとってのターゲット市場の明確な説明である。「複雑性の科学とムクドリが機械学習と自動走行にどうつながるのか?」と疑問に思う読者は、さらに読み進めてほしい。
不確実な状況下での判断
常識的に考えれば、既存のムクドリの映像を全て視聴できても、その情報を基に新たなムクドリの群れの進路に関して正確な予測ができるようにはならない。過去は未来を確実にするものではないということは、私たち自身の経験が教えてくれている。
複雑性の科学とムクドリは、自動運転のための確率的AI(人工知能)を訓練するために、力任せのロードテストを行うことが無意味であることを教えてくれる。何十億マイルにも及ぶ学習データ、膨大な数のプロセッサ、高度なセンサー群を駆使しても、複雑な道路システムに内在する不確実性を確実に回避できる予測、経路計画アルゴリズムにはならないし、ましてや、注意深い人間のドライバーの判断よりもさらに高い信頼性を得ることはできない。
Musk氏は自動運転の難しさを公に認め始めたばかりだが、デューク大学の電気、コンピュータ工学教授であるMissy Cummings氏ほど、克服すべき課題を声高に主張している人はいないだろう。
Cummings氏は、「Rethinking the maturity of artificial intelligence in safety-critical settings」と題した論文の中で、下図のように、人間のドライバーは「ボトムアップ」と「トップダウン」の両方の推論を組み合わせて不確実性を回避すると説明している。
Teslaの「オートパイロット」と「完全自動運転」ソフトウェアは、道路上での車両の縦方向と横方向の位置を制御することに中程度のスキルを発揮し、停止線や赤信号などの基本的な交通ルールに従うことができる。しかし、多発する死亡事故は、公道のような複雑なシステムに内在するランダムな事象を回避するために必要な知識や専門的な判断力が根本的に欠如していることを物語っている。
機械学習されたAIは有能ではあるが、注意深い人間のドライバーよりも明らかに安全な自動運転技術の実現には、まだ何年も、場合によっては何十年もかかるだろう。これについては、ポッドキャスト「Why Self-Driving Cars Aren't Coming Any Time Soon with Dr. Missy Cummings」で詳しく紹介している。
【翻訳:青山麻由子、編集:EE Times Japan】
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 自動運転レベルのスペックは行き詰まりか?
2021年5月初め、SAE Internationalは自動車の自動化レベルを再び更新した。更新内容は規格「J3016」で説明されている。J3016で示された分類は最もよく知られ、広く参照されているが、結局のところ、それほど役に立っていないのかもしれない。 - ADASの新たな課題は「センサーのクリーニング」
自動車に、運転支援や自動運転向けに複数の種類のセンサーが搭載されるようになったことで、『予期せぬ事態』が生じている。 - 自動運転車の安全規格標準化へ、業界超えたWG設立
自動運転車のアーキテクチャと標準化の促進に注力する欧州のイニシアチブは、切実に求められている安全性の検討に重点的に取り組んでいる。 - 米国がADASに関連した衝突事故の報告を義務化
米連邦政府の規制当局は、ADAS(先進運転支援システム)のメーカーや事業者に対し、衝突事故の迅速な報告を義務付けると発表した。これにより、ADASの監視が強化されることになる。 - 次世代のADASを実現する“4D”レーダーチップ
現在さまざまなメーカーが、自動車業界によって定義された「レベル4」などの高度な自動化にも対応可能な、新しいセンサーの開発を進めているところだ。そのうちの1社であるイスラエルのセンサーメーカーVayyar Imagingが、新たにシングルチップ4Dイメージングレーダー「XRR」を発表した。 - 自動運転技術を用いた「AI教習システム」を製品化
東京大学は、自動車教習所の教習指導員による運転行動をルール化した運転モデルを開発。この運転モデルと自動運転技術を用いた「AI教習システム」を開発した。自動車教習所における指導員不足を支援する。