Intelの逆襲なるか、ゲルシンガーCEOが描く「逆転のシナリオ」:湯之上隆のナノフォーカス(40)(3/3 ページ)
Pat Gelsinger氏は、Intelの新CEOに就任して以来、次々と手を打っている。本稿では、Gelsinger CEOが就任後のわずか5カ月で、打つべき手を全て打ったこと、後はそれを実行するのみであることを示す。ただし、その前には、GF買収による中国の司法当局の認可が大きな壁になることを指摘する。
IntelがGFを買収すると事態は一変
このように、筆者は「Intelに勝ち目無し」と決めつけていたが、GW明けの5月6日にIntelと協業するIBMが2nmの開発に成功したというニュースを見て「ん?」と刮目(かつもく)した。もしかしたら、IBMのこの最先端技術は、Intelにとって福音となるかもしれないからだ。
そして7月15日のIntelによるGF買収の報道に驚き、Intelを見る目つきが変わってしまった。IntelとGFは、相互に補完的な関係を構築できるため、買収が成功すれば、車載半導体の製造を含むファウンドリー事業が可能になるからだ。
GFは、2008年にAMDの半導体製造部門を分社化し、2009年にアラブ首長国連邦のアブダビ首長国が所有する投資会社ATIC(Advanced Technology Investment Company、2014年にMubadala Technologyに社名変更)が出資することによって設立されたファウンドリーで、2010年にシンガポールChartered Semiconductorを買収することにより、その当時、世界第2位のファウンドリーとなった。
その後、2014年にIBMの半導体事業を取得し、Samsungの技術を基に、2016年に14nm、2018年に12nmの立ち上げに成功したが、10nmをスキップして7nmに挑戦するも失敗し、微細化は12nmで止まってしまった(図3)。
しかし、現在、ドイツ・ドレスデンの「Fab1」、Chartered Semiconductorの「Fab2」から「Fab7」、米ニューヨーク州マルタの「Fab8」があり、最もレガシーな0.18μmから12nmまで幅広いテクノロジーノードの半導体を製造できる。また、CPU、各種ロジック、SRAM、ROM、FPGA、ミックスドシグナルICなど、多種類の半導体の受託生産が可能である。特に、SOI(Silicon On Insulator)ウエハーを使ったプロセッサに強みを持つ。加えて、車載半導体も製造している。
2021年のファウンドリー売上高では、TSMC、Samsungに次ぐ3位の座をUMCと争っている(図4)。その規模はTSMCの8分の1しかないが、Intelの傘下に入り、Intelがアリゾナ州に建設する100億米ドルのファウンドリーが加われば、一気に2位のSamsungに迫ることになる。
しかも、GFは、Samsungには無いレガシーなテクノロジーノードで、多種多様な半導体を製造できるため、実質的なファウンドリーとしては、TSMCに次ぐ第2位の地位に躍り出ることになる。要するに、この驚きのGF買収により、Intelは、ファウンドリー事業のノウハウを丸ごと手に入れることができるわけだ。
従ってIntelがTSMCを追撃するためには、IBMの最先端技術を活用して10nm以降の量産を立ち上げること、および、GFのファウンドリーのN倍化を図って規模を拡大すればいいということになる。
そのGFは2021年3月3日、14億米ドルを投じて米・ドイツ・シンガポールの3拠点の生産キャパシテイを拡大し、6月23日にシンガポールに40億米ドルを投じて工場を新設すると報じられた。加えて、7月19日に10億米ドルを投じて米ニューヨーク州マルタの「Fab8」の生産能力を拡張することも明らかになった(関連記事:「GFがニューヨーク州に新工場建設へ」)。このGFをIntelが買収すれば、まさにIntelのシナリオ通りということになるだろう。
打つべき手を全て打ったIntelのGelsinger CEO
2021年2月15日にIntelの8代目CEOに就任したGelsinger氏は、その約1カ月後の3月23日に、「Intel Unleashed: Engineering the Future」を発表し、Intelの立て直しのために、以下の戦略に打って出た。
- ファウンドリー事業および車載半導体の製造のためにGFの買収に乗り出した
- 最先端半導体技術を入手するためにIBMと提携した
- IntelがTSMCに3nmのCPU製造を委託した模様(参考)
以上に加えて、米国がTSMCを誘致し、そのためにBiden政権が投入する半導体製造強化の補助金を巡って、Intelが異議を唱えていることが明らかになった(日経新聞7月15日)。
記事によれば、米上院議会が6月8日に520億ドルの補助金を投入する法案を可決した後、米政治専門サイトのポリティコに6月24日、Gelsinger CEOの寄稿文が掲載された。それによれば、Gelsinger CEOは、米政府によるTSMCへの支援がいかに間違いであるかを長文で書き連ね、米政府が目指す半導体強化による製造業のリーダーシップ復権のためには「(政府が今、使おうとしている)補助金は米国の知的財産に投資されることが望ましい。米国に重要な技術を有する企業に米国の税金は使うべきだ」と主張したという。
要するにGelsinger CEOは、3nmのCPUをTSMCに委託する(可能性がある)一方で、「米国の補助金を、TSMCではなく、Intelによこせ」と言っているわけである。何かGelsinger CEOの執念が見て取れる気がする。
このように、Gelsinger CEOは、「Intel Unleashed: Engineering the Future」を実現させるために、考え得る限りの打つ手を、全て打ったと言える。後は、その手段を実行に移すのみである。
Gelsinger CEOの前に立ちはだかる壁
ここまでのGelsinger CEOの手腕は、お見事というしかない。しかし、Gelsinger CEOの戦略の前には、大きな壁が立ちはだかっている。それは、GFの買収における中国の司法当局の承認である。
Biden大統領は3月25日、就任後の初の記者会見で、米国と中国の関係を「民主主義と専制主義の闘いだ」と位置付けた(日経新聞3月26日)。その結果、米中関係は、Trump前大統領時代よりも悪化しているように思う。
そのような状況の下、Intelによる約300億米ドルのGF買収を、中国の司法当局がすんなり承認するとは思えない。例えば、2016年秋にQualcommが440億米ドルでNXP Semiconductorsの買収を進めようとしたケースでは、買収期限に設定していた2018年7月25日午後11時59分までに、世界に9カ所ある独禁当局のうち、中国だけが承認しなかった。その結果、QualcommはNXPの買収を断念せざるを得なかった。同じようなことが、今回も起きるかもしれない。
Gelsinger CEOは、3nmのCPUを製造委託したTSMCに対して、米国の補助金を使うべきでないという主張を行うなど、破れかぶれな戦術を繰り出している。しかし、習近平国家主席率いる中国政府に対しては、もっとタフな交渉が必要となるだろう。筆者としては、世界があっと驚くような戦術を考案・実行し、GF買収を成功させることを、Gelsinger CEOには期待したい。
筆者プロフィール
湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。
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