東北大ら、マグネシウム蓄電池用正極複合材料開発:高速充放電を可能に
東北大学らの研究グループは、マグネシウム蓄電池の正極に適した硫黄系複合材料の作製に成功した。蓄電容量や充放電速度、サイクル特性などで高い性能が得られることを実証した。
蓄電容量や充放電速度、サイクル特性などで高い性能を実現
東北大学らの研究グループは2021年7月、マグネシウム蓄電池の正極に適した硫黄系複合材料の作製に成功したと発表した。蓄電容量や充放電速度、サイクル特性などで高い性能が得られることを実証した。
マグネシウム蓄電池は、エネルギー密度の高い蓄電池として期待されている。負極にマグネシウム金属、正極に硫黄を用いた蓄電池の理論エネルギー密度は約1700Wh/kgに達する。この値は、正極にコバルト酸リチウム、負極にグラファイトを用いたリチウムイオン電池の理論エネルギー密度(約370Wh/kg)を大幅に上回るという。
ただ、硫黄系正極には課題もあった。「作製する工程が煩雑」「硫黄やその反応中間体が電解液中へ溶出する」「固体内でマグネシウムイオンの拡散が遅い」といった理由により、高性能の正極材料を作製するのは極めて難しかった。
研究グループは今回、硫黄系正極材料を作製する新しい方法を考案した。金属硫化物から金属元素成分が電気化学的に抜け出ることで、液体硫黄(活物質)とポーラス状の硫化物(導電性フレーム)で構成される複合体を得る方法である。電解液にイオン液体を用い、硫黄の融点(約120℃)よりも高い温度(約150℃)で作動させることにより、高速の液体反応を利用することが可能になった。さらに、ポーラス状の硫化物が導電性を担保しながら、硫黄を正極内に閉じ込めて電解液への溶出を防止することができるという。
実験では、出発材料として二硫化鉄を用い、電気化学的酸化によって液体硫黄(S)/二硫化鉄(FeS2)複合材料を作製し、その充放電特性を評価した。充放電機構についても調べた。
FeS2の粉末が付着した電極を用い、150℃のイオン液体中で電気化学試験を行った。この結果、生成した硫黄(活物質)基準において、1246mA/gという極めて高い電流密度で、約900mAh/gの充放電が可能になることを明らかにした。通常の酸化物正極では10〜20mA/gが一般的な電流値だという。
ここで、初回充電は二硫化鉄からの鉄脱離反応に対応する。その後の放電時には、マグネシウム基準で約2Vの電位が保たれている。これは液体反応により高速放電していることを示すものだという。その後の充電反応でも実容量が保たれており、高効率で活物質の再充電が可能となった。
充放電前後における電極の結晶構造や電子状態を分析したところ、充放電時の可逆性は極めて高いことが判明した。しかも、生成した液体硫黄が、放電時にマグネシウムと反応し、正極材料として機能していることも確認した。
研究グループは、放電後の電極断面を観察した。鉄脱離によって二硫化鉄粒子の表面近傍には細孔が形成され、残った液体硫黄が充放電反応に寄与していることが明らかになった。また、鉄に代わりマグネシウムが検出されたことで、生成した硫黄がマグネシウムと反応していることも分かった。
高速充電後、直ちに放電を始めれば、従来に比べ約1Vも高い電位で放電反応が進行することが判明した。1時間放置して放電すると、高電位での反応は観測できなかった。このことから、高速充電によって生成された液体硫黄は、高いエネルギー状態であることが初めて分かったという。
研究グループは、今回提案した正極材料のサイクル特性を評価した。高耐熱性の結着剤を用いた電極を作製し、充放電試験を行った。この結果、硫黄系正極でも50回以上の充放電サイクルが安定して行えることを確認した。
この要因として研究グループは、「液体状態の硫黄を利用することで構造変化の可逆性が向上」「硫黄の溶解度が低いマグネシウム系イオン液体を電解液に用いることで溶出を低減」「液体硫黄が付着したポーラス状の硫化物が、導電性を担保するフレームとして機能し、硫黄利用率の低下を抑制できた」ことを挙げた。
今回の実験では、FeS2の他に、二硫化コバルト(CoS2)や二硫化チタン(TiS2)を用いて評価したが、いずれも良好な充放電特性が得られた。これらの結果から、研究成果は多くの硫化物に適用可能であることが分かった。
今回の研究は、東北大学金属材料研究所の下川航平助教や古橋卓弥氏(東北大学大学院工学研究科修士課程学生)および、市坪哲教授らの研究グループが、同研究所の加藤秀実教授らや、産業技術総合研究所の松本一上級主任研究員と共同で行った。
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