酸素原子のNMRスペクトルを高速・高分解能で測定:革新的な超先端材料の開発を促進
産業技術総合研究所(産総研)と先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)は、金属酸化物の固体表面上に存在する酸素原子のNMR(核磁気共鳴)スペクトルを、高い分解能で高速に測定できる技術「新型パルスプログラム(D-RINEPT-MQMAS)」を開発した。
測定時間はわずか1時間、革新的な超先端材料の開発を促進
産業技術総合研究所(産総研)触媒化学融合研究センターの永島裕樹研究員と先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)は2021年8月、金属酸化物の固体表面上に存在する酸素原子のNMR(核磁気共鳴)スペクトルを、高い分解能で高速に測定できる技術「新型パルスプログラム(D-RINEPT-MQMAS)」を開発したと発表した。革新的な超先端材料の開発において、材料解析の時間短縮と高精度の表面構造解析が可能となる。
固体触媒の開発では、触媒表面の化学構造に関する情報を得るため、酸素原子核(17O)など各種四極子核のNMR測定をすることが重要となる。この測定には、動的核偏極核磁気共鳴法(DNP-NMR)が用いられている。しかし、従来のDNP-NMRによる測定だと、四極子核に対しては「測定感度やスペクトル分解能が低い」といった課題があった。
産総研とADMATは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が進める、人工知能(AI)を応用した材料開発プロジェクト「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(超超PJ)」(2016〜2021年度)において、新たな測定技術の開発に取り組んでいる。
この活動の中で2020年には、DNP-NMRを活用し固体表面上の四極子核を測定できるD-RINEPT(Dipolar-mediated Refocused Insensitive Nuclei Enhanced by Polarization Transfer)照射プログラムを新たに設計した。これにより、固体表面上にある17Oや67Zn、95Mo、47,49TiなどのNMRスペクトルを、短い時間で観測できるようにした。
そして今回、このD-RINEPTプログラムをさらに進化させた。新たに開発したD-RINEPT-MQMASは、四極子核の高分解能化手法である「MQMAS(Multiple Quantum Magic Angle Spinning)」をD-RINEPTに組み込んだ。MQMASによって、分解能が低い1次元NMRスペクトルで課題となっていたピークの重なりを解消した。
D-RINEPT-MQMASで測定したNMRスペクトルは、2次元NMRデータとして得られる。このデータは、1次元NMRスペクトルの横軸とは別に、高い分解能の観測結果を、新たに縦軸として追加したことになるという。
これによって、17Oなどさまざまな四極子核の高分解能NMRスペクトルを測定することが可能となった。例えば、17Oエンリッチ化γ−アルミナの場合、従来の1次元DNP-NMRでは、アルミニウム−酸素(Al-O)の結合に由来する構造の存在を示唆するものの、組成に関する詳細なデータは得られなかった。
開発した測定技術を用いることで、17Oと27Alの高分解能2次元NMRスペクトルを、わずか1時間で測定することが可能だという。しかも、これまで重なり合って認識できなかったAl-Oの各ピークが、分離した形で観測できるようになった。
実験では、17Oの結果から、3配位構造の酸素原子(OAl3)や2種類の4配位構造の酸素原子(OAl4)を、また27Alの結果から、4配位構造と6配位構造のアルミニウム(AlO4、AlO6)の他、表面上にのみ存在する5配位構造のアルミニウム(AlO5)も実測できたという。
今回開発した技術は、γ−アルミナに限らず、各種金属酸化物にも適応することができ、先端材料の開発時間を大幅に短縮することが可能になるとみている。
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