急峻なスイッチング特性のポリマー半導体TFT開発:界面トラップを不動態化する
東京大学は、ポリマー半導体を用いた薄膜トランジスタ(TFT)において、大きく特性を改善させる要因を解明し、この成果を基に実用的な塗布型TFTの開発に成功した。
実用的な逆コプラナー型のTFTで実現
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の北原暁大学院生(研究当時)と井川光弘特任研究員、松岡悟志助教、荒井俊人講師および、長谷川達生教授らによる研究グループは2021年10月、ポリマー半導体を用いた薄膜トランジスタ(TFT)において、大きく特性を改善させる要因を解明し、この成果を基に実用的な塗布型TFTの開発に成功したと発表した。
有機半導体には、ポリマー系と低分子系の2系統がある。ポリマー半導体は、加工性に優れ丈夫なため、フレキシブルエレクトロニクスを実現するための材料として注目されている。ただ、ポリマー半導体を用いたTFTは、低分子系半導体に比べ、急峻(きゅうしゅん)で安定したスイッチング動作を実現することが難しい、などといわれてきた。
研究グループはこれまで、低分子系半導体に加えて、ポリマー半導体を高度化するための研究に取り組んできた。この中で、低分子系半導体を用いた塗布型TFTにおいて、SS(サブスレッショルドスイング)値が平均で67mVと、極めて急峻なスイッチング動作を得られることが分かった。
これは、高い層状結晶性の低分子系半導体と、撥液性の高いフッ素樹脂からなるゲート絶縁層を組み合わせることで、トラップの発生を抑え込むことができたためだという。ところが、ポリマー半導体は構造がより複雑で、乱れも生じやすいため、同様の方法を用いても十分な効果が得られなかった。
そこで今回、高撥液のゲート絶縁層に加え、ポリマー半導体と電極の種類や膜質および、これらを組み合わせたデバイス構造を検討。これにより、ポリマー半導体層の内外に潜むトラップを特定し、その発生を最小化するデバイス技術を開発することに成功した。
開発したポリマー半導体TFTは、撥液性が極めて高いアモルファス全フッ素化樹脂「Cytop」でゲート絶縁層を形成し、その上に印刷銀電極を設けている。また、高撥液ゲート絶縁層上に、プッシュコート法を用いポリマー半導体層を製膜。「逆コプラナー型TFT」と呼ばれるデバイス構造にすることで、SS値は最小で120mV(平均で126mV)となり、急峻性に優れたスイッチング動作であることを確認した。
試作したポリマー半導体TFTに電圧を印加し、その時のスイッチング特性も測定した。−20V以上のゲート電圧を一定時間加えた後のバイアス耐性は、採用したゲート絶縁層の種類に、大きく依存することが分かった。
高撥液のCytopをゲート絶縁層として用いると、スイッチングに必要なゲート電圧が全く変化しない、安定したスイッチング動作が得られた。これに対し、親液性のゲート絶縁層だと、ゲート電圧印加によりスイッチングに必要なゲート電圧が徐々に大きくなることが分かった。電極−半導体間のコンタクト抵抗も増大傾向にあるという。
これらのことから、最も優れたスイッチング特性を示すのは、ポリマー主鎖が電子供与部位と電子受容部位が交互に連結してできたドナー・アクセプター型ポリマー半導体「PDVT-10」を用いた時であることが明らかになった。
一方、ポリマー半導体の種類を変えると、スイッチング動作は異なる。例えば、ポリマー半導体「P3HT」を用いた場合、高撥液のゲート絶縁層を採用してもSS値は約400mVになった。親液性のゲート絶縁層であれば、SS値はさらに悪化するという。
これらの実験結果により、PDVT-10のスイッチング動作を妨げるトラップとして、2種類があると推論した。それは、スイッチングの急峻性に影響する「内因的トラップ」と、バイアス耐性に影響する「外因的トラップ」である。研究グループによれば、「内因的トラップは半導体層内で発生し、高均質で高秩序の製膜により発生を抑え込むことができる。外因的トラップはゲート絶縁層との界面近傍で発生し、高撥液のゲート絶縁層を用いることで抑え込める」という。
研究グループは2種類のトラップがあることについて、「PDVT-10の主鎖を構成するπ電子骨格同士が、高い秩序のもと配列しキャリア輸送層を形成している。これに対し、側鎖である分岐アルキル基は、秩序化せずにアモルファス層を形成しているため」と分析している。さらに、「不活性のアモルファス性のアルキル鎖層は、ゲート絶縁層との界面で、トラップの原因となる極性基やイオン種を不動態化し、半導体層内でキャリア輸送を保護する役割を担うことにより、急峻なスイッチング動作を実現できた」とみている。
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